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オバマ大統領の広島訪問に対する中国の反応

2016年5月30日(月)17時00分
遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

 それでも毛沢東時代は、南京事件(中国で言うところの南京大虐殺)さえ、教科書に載せることを許さず、教えようとしなかったし、ましていわんや抗日戦争勝利記念日など祝賀したことは一度たりともない。南京事件の時に日本軍と戦ったのは国民党軍であることを毛沢東は知っていたし、抗日戦争勝利は、国民党の蒋介石が率いる「中華民国」がもたらしたものであることを最もよく知っていたのは毛沢東自身だからである。

 だから、毛沢東は歴史カードをただの一度も日本に突きつけたことがない。

 なぜ中国がいま歴史カードを必要とするかと言えば、それは天安門事件とソ連崩壊によって、一党支配体制が揺るぎ始めたからであり、中国共産党幹部が腐敗によって特権をむさぼり、社会主義国家としての体をなさなくなったからである。

「加害者は、その責任から永遠に逃れることはできない」というのなら、建国の父、毛沢東が殺戮した数千万人におよぶ自国民に対する責任からは目をそむけていいのか? 毛沢東が日中戦争中、日本軍と共謀して、同じ中華民族である国民党軍を弱体化させたことは許されるのか? 国共合作を良いことに、簡単に入手できる国民党軍の軍事情報を日本軍に高値で売り、民族を裏切ったことは、直視しなくていいのか? その責任から逃れることは、許され続けていいのか?

 一党支配を維持するために強化している思想弾圧は、これらの事実から目をそむけさせることと表裏一体を成している。その思想弾圧が中国人民の尊厳を傷つけていることと、歴史カードを高く掲げて「社会主義的核心価値観」を人民に押し付けていることは、実は一つの根っこに根差しているのである。

 なにもオバマ大統領が広島で言ったことを全面的に讃えるつもりはない。彼もプラハ演説でノーベル平和賞などもらってしまったために、その締め括りに、何としても広島を訪問したかったのだろうことは否定しない。核なき世界を主張しただけでノーベル平和賞をもらい、実際には世界一多くの核兵器を所有しながら削減していないのも事実だ。しかし自国に反対者もいる中、広島訪問を決行した勇気には敬意を表したい。またこのタイミングで思い切って米国の現役大統領に広島訪問を決意させた安倍首相の決断も評価したい。それは双方のタイミングがようやく合い、これを逃したら、この人類的現象は実現できなかっただろうからだ。

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