最新記事

中東

独裁エジプトに再度の市民蜂起が迫る

2016年5月18日(水)19時21分
ジャニーン・ディジョバンニ(中東担当エディター)

「尋常でないのは、おそらく事件と無関係な5人があっさりと消された点だ」とロトフィは言う。外国人を殺していいなら、もう誰を殺してもいい。治安部隊はそう考えているようだ。

 ロイター通信が警察関係者など6人から得た情報として、レジェーニは警察に身柄を拘束されていたと報じると、当局は事実無根として、警察にロイター通信の捜査を指示している。

普通の市民が拉致される

「政治的に言うと、エジプトは治安を制御できない時期にある」とロトフィは言う。「民衆からの信頼も失われ、経済に関しては無力感がある」

 エジプトの失業率は公称11%(実態は20%に迫るという)。観光業は過去最低水準で、食品や日用品の価格は高騰。だが最も深刻な問題は自由の喪失だ。

 レジェーニの遺体はあまりにも損傷が激しく、ある地元記者によると、母親は彼の鼻先だけを頼りに身元確認をしたという。この事件以来、治安当局に対する恐怖と怒りが広がった。

「自分たちのことを超法規的存在と思い込んでいる」とロトフィは言う。「自動車を買っても、奴らはナンバープレートを付けない。治安当局のシンボルである鷲のマークを貼るだけだ」

 ロトフィの執務室の外には、イブラヒム・メトワリという弁護士がいた。失踪者の家族会を設立した人物で、彼の息子も13年7月8日に失踪したままだという。当時はまだ学生だった。メトワリによれば、息子は政治的でもなければ、シシ政権が目の敵とするムスリム同胞団に属していたわけでもない。

 徒歩で帰宅中に目隠しをされ、路上で連れ去られたというのが最後の目撃情報だ。その翌日、父親はあちこちの病院、遺体安置所、警察署を捜し回った。警察では内務省に相談するように指示されたという(人権団体によると、内務省こそ多くの拉致事件の黒幕だ)。

 失踪から3年近くが過ぎた今も、メトワリは息子がきっと生きていて、シナイ半島付近の拷問で悪名高いアズーリ刑務所にいる可能性が高いと思っている。捕まえられた理由は不明だし、何らかの罪を問われた記録もない。だからメトワリは息子の失踪当時の国防相、つまりシシに対して訴訟を起こした。

「わが子なのだ。自分の一部と変わりない。見つけるまで諦めない」と、父親として語るその声は震えていた。「息子なしに生きてはいけない」

 弁護士ゆえにメトワリはこの国のややこしい司法制度に詳しい。今は子供や親族が失踪しても捜す手だてがない人たちを助けている。遠方に住み、「失踪届を出すためにカイロへ来るバス代も持っていない」貧困者もいるからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:日銀利上げでも円安、残る「介入カード」 

ワールド

タイ・カンボジア、24日に停戦協議 ASEAN外相

ビジネス

中国万科、債権者が社債の返済猶予延長を承認 償還延

ワールド

中国、萩生田氏の訪台に抗議
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 7
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 10
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中