最新記事

中東

独裁エジプトに再度の市民蜂起が迫る

2016年5月18日(水)19時21分
ジャニーン・ディジョバンニ(中東担当エディター)

 ちなみにロトフィによれば、ムバラクは抑圧的だったが経済を発展させ、紛争の火種を抱える中近東に平和をもたらすという明確な展望を持っていた。

ピラミッド周辺も閑古鳥

 国内の人権活動家やアムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチなどの国際団体のみるところ、エジプト国民に対する抑圧は過去数十年で最悪の状態にある。全国で6万人が政治犯として拘束され、裁判抜きの処刑が執行されているともいわれている。

 シシはテロとの戦いに必要な措置だと強弁しているが、それで社会の安定がもたらされたとは言い難い。シナイ半島ではテロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)系の武装勢力が思うままに振る舞い、今では誰も近づこうとしない。

 主要産業である観光業には大打撃だ。2、3年前には観光客でいっぱいだったピラミッド周辺も、今は閑古鳥が鳴く。筆者が訪れた日も、欧米人の観光客は数えるほどだった。

 昨年10月末には、ロシアの旅客機が爆弾テロで墜落した。今年1月上旬には、ISIS系と思われる男たちが紅海のリゾートで外国人観光客3人を襲った。

 テロの恐怖、一般市民の拉致、経済の低迷、そして軍事政権の横暴。これらが相まって、国民を絶望の淵に追い込む。エジプトにも民主主義の時代が来ると信じた「アラブの春」の日々は、はかない夢だったのか。

 エジプトにおける「アラブの春」の到来を告げる大規模集会がタハリール広場で始まったのは5年前の1月25日だった。その5周年の日が近づくと、カイロ市内の状況は一段と険悪になったという。警察は活動家と目される人の家を強襲し、あちこちに監視カメラを設置した。

 カイロに住んで20年以上というある外国人記者によれば、「(2014年に虚偽報道の罪で)アルジャジーラの記者が収監されて以来、みんな身の危険を感じている」らしい。

 一般の外国人も危ない。今年1月25日の晩には、自宅付近の地下鉄駅に向かっていた若いイタリア人学生ジュリオ・レジェーニが拉致され、数日後に無惨な遺体となって発見されている。
レジェーニはアラビア語を話し、その研究対象は労働組合だった。もとより軍事政権に歓迎されそうなテーマではない。

 治安当局は事件への関与を否定。強盗の仕業と決め付け、容疑者とされる5人を特定し即刻殺害してしまった。イタリア政府は駐エジプト大使を召還し、エジプト政府に捜査情報の開示を求めたが、エジプト側は応じていない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハマス、新たに人質3人の遺体引き渡す 不安定なガザ

ワールド

トランプ氏、ナイジェリアに米軍部隊派遣か空爆「あり

ワールド

トランプ氏、ウクライナへのトマホーク供与検討「して

ワールド

トランプ氏、エヌビディアのAI最先端半導体「他国に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中