最新記事

中東

独裁エジプトに再度の市民蜂起が迫る

2016年5月18日(水)19時21分
ジャニーン・ディジョバンニ(中東担当エディター)

「ムバラクよりひどい」とメトワリは言う。この日、筆者は同じ言葉を何度も、何人もの取材相手から聞かされた。

 その一人が、マナル・イブラヒム・サラム。彼女の息子(24)は2年前から行方不明だ。何か手掛かりはないかと、自宅からバスで約3時間かけてカイロに通い、遺体安置所を確認して回る日々が続く。「息子の消息を知るためならどこにでも出向き、誰とでも話す」。しかし、当局は何もしてくれないと言う。

 姿を消すのは、学生や政治活動に関わっていると疑われた人々だけではない。

 アヤ・ヒジャジー(29)は、米ジョージ・メイスン大学で紛争解決学を学んだアメリカ人だ。アイルランド在住でグーグルに勤める兄のバセルによれば、彼女は状況改善の力になりたいとカイロに渡った。

 彼女は夫と共に、ストリートチルドレンのための慈善団体「懸け橋」を立ち上げた。だが、程なく逮捕され、2年近くカイロの女子刑務所に収監されている。裁判は5回延期された。彼女は読書家で、絵も得意だ。「絵はもともとうまかった」が(刑務所では絵を描くしかないので)「相当腕が上がったはず」と話すバセルの声は暗い。

 ヒジャジーは「ストリートチルドレンという巨大な問題の解決に乗り出そうとしていた」。そのために、主として公衆衛生やセクシュアル・ハラスメントや児童福祉に関する問題の解決に当たるNGOをエジプトに設立した。

 だが小さなミスを犯し、罠に落ちた。当局からNGOの正式な登録番号を取得する前に活動を始めてしまったのだ。

 彼女が捕まると「なぜか」新聞各紙による個人攻撃が始まった。父親はレバノン人、母親はエジプト人なのに国籍はアメリカだから、だろうか。

 ヒジャジーは人身売買や児童虐待の罪に問われた。家族も友人も、周囲の人権活動家も、そんなことは信じていない。「見せしめなのは明らかだ」とバセルは言う。「若者にこう警告したいのだ。今とは違う世の中がお望みか? 政府の代わりに人助けをしたいか? やめろ、刑務所行きだぞ、とね」

「市民社会との戦いだ」

 治安当局による弾圧の強化は、今の政府には何でもできるという事実を国民に見せつける手段だと、カイロ人権研究所のザレーは言う。「これはテロとの戦いではない、市民社会との戦いだ。治安機関が暴走している」

 体制側にとって、5年前の春は悪夢だった。だから、その再現は許さないと固く決意している、とザレーは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、エヌビディアが独禁法違反と指摘 調査継続

ワールド

トルコ裁判所、最大野党党首巡る判断見送り 10月に

ワールド

中国は戦時文書を「歪曲」、台湾に圧力と米国在台湾協

ビジネス

無秩序な価格競争抑制し旧式設備の秩序ある撤廃を、習
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中