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アベノミクスは敗北か「転進」か?円高が告げるインフレ目標の終焉

円高は、金融政策偏重から財政政策重視へ移行するための格好の言い訳になる

2016年5月17日(火)16時00分
河東哲夫(本誌コラムニスト)

為替介入と増税延期を迫られる麻生太郎財務相の次の一手は? Dinuka Liyanawatte- REUTERS

 円高がやって来た。この3年の円安トレンドは逆転する。問題はそのテンポと幅だ。通貨には投機が絡み、オーバーシュート(上げ過ぎ、下げ過ぎ)が付き物。今回は実需・投機、双方の資金がどのくらいの規模でどちらの方向に動くのか。

 10年以降の極端な円高は、金融緩和で米・EUに出遅れ、さらに11年の東日本大震災で日本企業が海外の手持ち資金を呼び戻したことによる。それに比べ今回は、日本とEUはマイナス金利で緩和中、アメリカは利上げ方向と、構図は異なる。熊本地震でも、日本企業が海外の資金を呼び寄せる動きは見えない。

 先月末、米財務省は為替報告書において「監視リスト」を作成。日中韓独、台湾を名指しし、通貨レートの操作を厳しく牽制した。投機筋は、これで伊勢志摩サミットまで日本の通貨当局は円高抑制のための介入はできまいと高をくくっている。しかし、リストが掲げる条件を見ると、日本は年10兆円までなら、円売り介入で文句は言われない。中国やブラジルが今大量に売却している米国債を日本が買い取る格好にすれば、アメリカも文句をつけにくかろう。03年から1年余りにわたった「平成の大介入」では、累積35兆円の為替介入で米国債を買い上げた。

 円高で、日本の輸出は減るだろうか。ドルベースでは少し増えるが、円ベースでは少し減る程度の話だろう。この3年間の円安でも、日本の輸出はさほど増えていない。輸出品目1位の自動車を見ると、13年1月には34万5554台だったのが、今年1月には33万5556台と微減さえしている。

奇妙なクルーグマン理論

 80年代と違って(ドナルド・トランプなどはこの頃の認識のままでいるが)、日米経済関係は「日本の輸出が米国民の雇用を奪う」構造をもう卒業している。日本から輸出される自動車の9割にほぼ相当する年400万台もの「日本車」がアメリカで生産され、在米日系企業は米国内で70万人以上もの雇用を提供している。円高になっても、この構図は大きくは変わらない。

 円高は、日本の景気を冷やすだろうか。これまで外国での収益を円に換算して好調を装ってきた日本の大企業は化けの皮が剥がれるし、株価も落ちよう。しかし外国の投資家は、ドルベースでなら日本の株価は上昇したように見え、配当もさして落ちないことに気が付くだろう。株価が落ちても、日本の企業が資金に困ることはない。自己資金は潤沢、銀行融資はゼロ金利に近いのだから。

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