最新記事

癌治療

カーターの癌は消滅したが、寿命を1年延ばすのに2000万円かかるとしたら?

2016年2月4日(木)17時30分
チャールズ・ボルチ、ジョン・カークウッド

 こうした画期的な新薬はここ数年で立て続けに生まれたように見えるが、奇跡の新薬が生まれるまでには何十年、いや何世代にも及ぶ研究が必要だった。

 98年以降、失敗に終わったメラノーマの治療薬開発プロジェクトは少なくとも96件ある。同時期に何らかの成果を挙げた研究は10件にすぎない。

 山のような失敗とわずかの成功を通じて、メラノーマそのもの、そして癌細胞を攻撃する免疫システムの役割についての理解が深まった。それを土台に、より有効で安全性の高い治療薬の開発が始まる。臨床試験の実施と併せて、この段階でも長い時間が必要だ。

恩恵と負担のどちらが大きい?

 新薬開発の最終段階に多額のコストがかかることは避けられない。とくにここ数年はコストの膨張に拍車がかかっている。タフツ大学の研究チームによると、新薬開発の平均コストは過去10年間で約8億ドルから26億ドルに膨れ上がった。

 成功した治療薬ひとつで、失敗した何十件ものプロジェクトの費用を賄わなければならない。

 研究開発費の元が取れず、進行中のプロジェクトの予算が圧迫され、株主に十分な配当金を支払えない──そうした見通しがあるかぎり、製薬会社がメラノーマなど致死性の高い病気の新薬開発に及び腰になるのも当然だ。

 コストは度外視できないが、新薬がもたらす恩恵を考えれば、その創造を推進する政策の重要性は改めて指摘するまでもない。

 新しい治療薬のおかげで、癌患者の平均余命はかつてなく延び、辛い副作用はほとんどなくなった。カーター元大統領の元気な姿がそれを実証している。カーターにとって、家族や友人たちと過ごす時間は思いがけない贈り物だ。彼は今も世界各地を飛び回ってライフワークの慈善活動を続けている。

 免疫療法はまだ新しい分野で、今後数年にどんな新発見がもたらされるか予想もつかないが、現時点で明らかなことがひとつある。研究支援を渋れば、未来の患者から命を救う治療薬を奪うことになる、ということだ。

(筆者のチャールズ・ボルチはサウスウエスタン医療センターとテキサス大学MDアンダーソン癌センターの教授で専門は外科。ジョン・カークウッドはピッツバーグ大学癌研究所のメラノーマ・プログラムの共同ディレクター)

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏がアジア歴訪開始、タイ・カンボジア和平調

ワールド

中国で「台湾光復」記念式典、共産党幹部が統一訴え

ビジネス

注目企業の決算やFOMCなど材料目白押し=今週の米

ビジネス

米FRB、「ストレステスト」改正案承認 透明性向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任務戦闘艦を進水 
  • 4
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 5
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 8
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 9
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 10
    アメリカの現状に「重なりすぎて怖い」...映画『ワン…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 6
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 7
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中