最新記事

シリア

内戦下の医療の過酷すぎる現実

医師の悪戦苦闘に政府軍の攻撃が追い打ちを掛ける

2016年1月13日(水)17時10分
ルーシー・ウェストコット

医師は激減 2010年の1500人(左上)が、2015年には80人以下(右下)に  ILLUSTRATION BY MAELLE DOLIVEAUX

 11年に内戦が勃発して以来、シリア北部の都市アレッポでは政府軍と反体制派勢力の攻防が続く。街は政府軍が掌握する西部と、反体制派が支配する東部とに真っ二つ。東部では医師の大半が殺されたり逃げたりして深刻な医師不足に陥っていると、NPO「人権のための医師団(PHR)」は報告している。

 内戦前のアレッポは総人口300万人を超えるシリア最大の都市だった。しかし内戦を境に東部では人口が激減。PHRがまとめた報告書によれば、10年には約120万人が東部で暮らしていたが、11年以30万人前後に減少している。

 それを上回るペースで減っているのが医師の数だ。報告書によれば内戦勃発以降、医師の約95%が殺害・拘束されるか逃げ出すなどしている。10年には東部に1500人いた医師が現在は80人以下に。住民7000人に対し医師1人という割合だという(10年は住民800人に対し医師1人)。

 しかも危機的状況下で何日間もぶっ続けで治療に当たった後に、トルコなどで休養するというのが実情だ。そのため、実働しているのは常時37~50人にすぎない。

 専門医は徐々に減り、形成外科医や神経内科医、心臓医は各1人、泌尿器科医が数人という状況だっている医師は重傷者の治療に当たっているが、手足の切断や外科手術の経験に乏しい医師が多く、治療はまさに「実戦訓練」になっている。

医療を断たれる恐怖

 常に空爆の不安と背中合わせだと、PHRが話を聞いた医師たちは訴えた。彼らと行動を共にしている看護師は200人近いとみられている。

 医療施設を狙った攻撃のほとんどが政府軍によるものだ。11年3月以降アレッポだけで45の病院が政府軍に攻撃された。シリア全体では医療関係者680人以上が死亡、300を超える医療施設が破壊されている。

「こうしたやり方は将来、極めて有効な戦術になるかもしれない」と、報告書を共同執筆したミシガン大学のミシェル・ハイスラー教授(内科学・公衆衛生学)は言う。「病院を標的にして医療の道を断てば、知らず知らずのうちに恐怖を植え付けられる」

[2016年1月 5日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

英サービスPMI4月改定値、約1年ぶり高水準 成長

ワールド

ノルウェー中銀、金利据え置き 引き締め長期化の可能

ワールド

トルコCPI、4月は前年比+69.8% 22年以来

ビジネス

ドル/円、一時152.75円 週初から3%超の円高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中