最新記事

文化

郊外の多文化主義(3)

2015年12月9日(水)15時37分
谷口功一(首都大学東京法学系准教授)※アステイオン83より転載

 樋口は、日系ブラジル人たちは「顔のない定住化」とでもいうべき状況に置かれており、彼らを「社会文化的」観点のみから一枚岩的に対象化するような形の従来の議論は偏った説明にしかなっていないことを指摘する。日系ブラジル人たちを「社会文化的」な観点のみから断罪することをやめ、「政治経済的」な観点からも把握されなければならないのである。

 例えば、現在、ブラジル人の集住化が進んだ公営団地を中心に発生している問題は、「外国人」という分かりやすい属性にばかり目を奪われて論じられがちだが、問題を文化対立や地域摩擦としてとらえるのは不適切である。本来、「政治経済的」な布置連関によって説明されるべき事柄が、「文化」や「エスニシティ」を記述単位とする「多文化共生」という政策用語によって間違った形で説明されているのが現状なのである。

※「多文化共生」という言葉は、1999年、阪神淡路大震災の経験から生まれた「多文化共生センター」をその嚆矢とするものであり、その後、総務省が2005年に設置した「多文化共生の推進に関する委員会」の報告書を受ける形で、政策用語として自治体レベルでも定着するようになったものである。これも含めたわが国の自治体レベルでの「外国人政策」に関する簡明なものとして、国立国会図書館・調査及び立法考査局の小笠原美喜による「「多文化共生」先進自治体の現在―― 東海及び北関東の外国人集住自治体を訪問して」『レファレンス』平成27年8月号を参照されたい。

 再び森千香子によるなら、このような公営団地におけるブラジル人問題は、「不可能なコミュニティ」という標語によって定式化される。つまり、そこにはブラジル人側だけでなく高齢者を中心とする日本人側にも共通する問題として、「相対的に人的資本を所有する者が、その空間からの逃避を図るようになる」という悪循環が存在しており、社会的資本が蓄積されないが故に、そもそもコミュニティがつくれない状態=不可能なコミュニティとなってしまっているのである。

※以下、森千香子による「郊外団地と「不可能なコミュニティ」」『現代思想』青土社、2006年6月号、及び「「施設化」する公営団地」同誌2006年12月号を参照。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、「TikTok米事業に大型買い手」 詳

ビジネス

米輸入物価、8月は0.3%上昇 資本財・消費財の価

ワールド

イスラエル、イエメンのホデイダ港を攻撃=フーシ派系

ワールド

トランプ政権、クックFRB理事解任阻止巡り上訴へ=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがまさかの「お仕置き」!
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 8
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中