最新記事

中国

農民がショベルカーを「土砲」で攻撃する社会

2015年10月8日(木)16時17分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 なお現地を取材した作家の安田峰俊氏によると、戦った寮東村の李一族と劉畔村の劉一族は数百年前の入植時代からの怨恨を抱えており、100年前にも大規模な戦いを繰り広げていたという。外国に住む華僑の支援によって双方の村は重火器を大量にそろえ、10年以上も械闘を続けたというから驚きだ。


 今回の連続爆破事件では、容疑者の韋が元採石場経営者ということで、爆薬を持っていたとしても不思議ではない。だが、実はそうした経歴がなくとも、中国の田舎では爆薬の入手は比較的容易だ。中国には小規模な鉱山や花火工場が無数に存在しており、火薬の管理は徹底されていない。流出した火薬が報復や抗議、そして械闘のために使われる。

中国社会の「暴力」を理解するために

 中国、とりわけ農村では、爆破事件や土砲による砲撃が珍しい話ではない。そう聞くと、なんとも野蛮な社会のように思われるかもしれないが、彼らの「暴力」はそれなりの合理性を持っている。

 近代国家では政府が暴力を独占する。軍や警察などの国家権力のみが暴力を掌握するかわりに、一般の紛争解決には司法という手段を提供するという仕組みだ。しかしこの仕組みが中国では機能していない。司法は党と政府と一体化しており、公正な判決は期待できない。陳情という手段もあるが、取り上げられる確率は決して高いものではない。

 そこで別の手段が採用されることになる。それが爆破や砲撃であったり、あるいは道路を封鎖して交通を麻痺させることであったり、デマを含めた耳目を引く情報をネットやメディアに流して騒ぎを起こすことだったりするわけだ。

 つまり、国家が違法としている紛争解決手段(本稿ではカッコつきで「暴力」と表記する)が司法以上の有効性を持つと考えられている。先日、北海道の空港で航空便欠航に抗議した中国人が国歌を唱い、横断幕を掲げて抗議し話題となったが、大声をあげなければ事態は解決しないという中国的発想にほかならない。

 この発想だが、党・政府と司法の一体化という中国の現状を背景にしている一方で、前近代との連続性もある点が興味深い。中国法制史研究は、問題解決にあたり裁判と「暴力」を融通無碍に選択する中国社会像を描いている。例えば土地争いにおいて裁判が有効だと思えば裁判を選択し、「暴力」が有効だと考えればこちらを選択する。一つの事案についても時に裁判と「暴力」の選択肢はしばしば切り替えられる。

 また前近代との類似で言うと、「図頼」が象徴的だ。これは「相手方の圧迫によって、自分側の関係者が自殺した」と抗議する手法だ。同様の事例は現代でも見られる。「政府が農地を収用しようと圧力をかけてきたので、親が苦痛に思って自殺してしまった。さあどうしてくれる?」というケースが一般的だ。土砲を野放図にぶっ放す社会ならば人一人が死んでも大したことがないようにも思われるが、そうではない。人間を死に追いやるのはきわめて悪辣な行為だと観念される。政府が誰かを死に追いやった場合、大変な批判を受けることになるのだ。

 今回の連続爆破事件も、歴史という縦軸と現代社会という横軸の焦点に存在している。中国あるいは中国人との接触が増えつつある今、日本人も改めてこうした中国的発想を理解する必要に迫られているのではないか。

[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中