最新記事

中東和平

シリア軍事介入の理想と現実

オバマ政権に軍事作戦を要求する声が強まっているがシリアの内情や地域の安定を考えれば後方支援のほうが得策だ

2012年9月27日(木)16時10分
クリストファー・ディッキー(中東総局長)

吹き飛んだ暮らし 政府軍の空爆で破壊された民家で呆然とする男性(8月15日、北部の都市アザーズで) Goran Tomasevic-Reuters

 理性と人道主義の国際政治を信奉する識者の間から、悲鳴にも似た叫び声が上がっている。アメリカと同盟国は一刻も早くシリアへの直接的な軍事介入に踏み切るべきだ、と。

 善意はよく分かる。だが本格的な軍事介入は、「報われない冒険」のように思える。イギリスの詩人ラドヤード・キプリングは、それを「平和のための野蛮なる戦い」と呼んだ。

 シリアの惨状を目にすれば、誰もが流血を食い止めたいと思う。紛争の拡大を望む者は欧米にもイスラエルにもいない。

 それを考えれば、バシャル・アサド大統領の政権をもっと早く、少ない犠牲で倒せるという主張は傾聴に値する。だが同時に、彼らの主張がほとんど採用されない理由も理解できる。そして欧米諸国が秘密裏に進めている現在の政策が、ほとんど評価されない理由も。

 ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストで03年のイラク侵攻に反対したニコラス・D・クリストフは先日、米軍の限定的な軍事介入を支持すると表明した。このコラムでクリストフは、クリントン政権の2人の高官、ウィリアム・ペリー元国防長官とマデレン・オルブライト元国務長官の話を引用している。

 それによると、ペリーは飛行禁止空域と車両通行禁止地域の設定を示唆した。オルブライトは介入とより積極的な関与を支持するが、地上部隊の派遣には反対だと述べた。

 ただし、2人が仕えたクリントン政権の介入は、成功と失敗にはっきりと二分される。混沌状態だったハイチへの軍事侵攻は、短期的には成功だった。99年にはコソボ紛争で、欧米の航空戦力と現地勢力のゲリラ戦を組み合わせ、その後の軍事介入のモデルケースとなった。

 だがルワンダでは、数十万人が虐殺されてもアメリカは動かなかった。ソマリアは放棄した。ボスニア紛争では、セルビア優位の戦局を覆すためにアメリカが介入したのは紛争勃発の3年後だった。サダム・フセイン時代のイラクに対しては、空爆やクーデター計画を何度も仕掛け、10年以上も北部と南部に飛行禁止空域を維持したが、フセイン政権を倒せなかった。


「中東大戦」のリスクも

 民間人の識者と違い、責任ある政府は現実によって政策の選択肢を制限されている。リビアへの介入が可能だったのは、軍事面の障害があまりなかったからだ。大半の戦場は海岸に近い1本の幹線道路沿いに集中していた上に、リビア政府軍と傭兵部隊は組織化されているとは言い難く、防空網も強力ではなかった。それでも、ムアマル・カダフィ大佐を打倒するまでに何カ月もかかった。

 現在のシリア危機に対し、オバマ政権と同盟国の政府が慎重な姿勢を崩さないのには理由がある。まず、アメリカの国民とNATO(北大西洋条約機構)の内部には、イスラム圏への軍事介入は「もうたくさんだ」という空気がある。たとえ今年が大統領選挙の年ではなかったとしても、大規模な介入は困難だったはずだ。

 また、アサド政権やそれを支持するイランが、政権基盤の弱いレバノンやヨルダン、イラクで反政府側を支援する勢力に対する報復を開始すれば、紛争はもっと急速に、もっと広範囲に拡大する恐れが十分にある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航

ワールド

ゼレンスキー氏は「私が承認するまで何もできない」=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 10
    赤ちゃんの「足の動き」に違和感を覚えた母親、動画…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中