最新記事

ブラジル

W杯で超格差社会へ一直線

経済効果が期待される一方で貧困層へのしわ寄せを指摘する声も高まっている

2012年6月15日(金)14時21分
シメオン・テゲル

贅沢な施設 工期の遅れが懸念される一方で高い建設費用にも非難が(サルバドルのスタジアム工事現場) Lunae Parracho-Reuters

 2014年にサッカーのワールドカップ、そして2年後の16年には夏季五輪大会の開催が決まっているブラジル。閣僚たちが経済効果の高さをうたう一方で、世界で最も貧富の差が大きいこの国で世界最大級のスポーツイベントを2つもやれば、格差はさらに拡大すると懸念する声も高まっている。

 問題は多岐にわたる。競技施設の建設費の高さや、スタジアム予定地周辺に暮らす貧しい人々の強制的な立ち退き、一般のサッカーファンにはとても手の届かないチケット料金......。フルミネンセ連邦大学大学院のクリストファー・ギャフニー客員教授(建設・都市計画)は、「いったい国民の誰が得をしているのか」と問い掛ける。

 ブラジルのアルド・レベロ・スポーツ相に言わせれば、国全体が手にする利益を考えれば、不都合な点があっても大した問題ではない。6週間に及ぶワールドカップの開催期間にブラジルを訪れる観光客は340万人と見込まれており、政府はこれを大きなビジネスチャンスと期待している。「わが国の建築や通信技術の発展にとって、そしてブラジルのステータスを上げるための、大きくて重要なチャンスだ」とレベロは言う。

 それでもギャフニーのような批判派は、競技施設の建設などではなく、人々の生活向上のための社会政策に金を投じるべきだと主張する。ブラジルでは今も、国民の平均月収は680ドル止まりだ。

 例えばワールドカップの試合が開催される全国12カ所のスタジアム。ブラジル政府は費用を度外視して、これらの施設に最新の技術を取り入れることを決めた。スタジアムの建設や改修に掛かる費用は、当初予定の30億ドルを大きく上回る40億ドルに達する見込みだ。

 多くのスタジアムには太陽光発電で動く可動式の屋根や、折り畳んだり取り外しが可能なシートが整備される予定だ。こうした高度な技術を使った設備は外国から輸入しなければならない上に、毎年のメンテナンス費用が購入価格の約10%掛かるとみられる。「10年で2倍の額を払うことになる」とギャフニーは主張する。

一般ファンは門前払い?

 貧困層が置き去りにされている面は他にもある。スタジアムの拡張や道路の整備などのため、ブラジル各地で貧困層が暮らす地区から住民が強制的に立ち退かされている。リオデジャネイロだけでも既に推定1万5000人が家を追われた。

 高過ぎるチケット代にも不満の声が上がっている。全部で300万枚用意されるチケットのうち、国内で売り出されるのは100万枚だけ。その多くは1枚100ドルをゆうに超える金額だ。FIFA(国際サッカー連盟)は30万枚のチケットを1枚25ドルという安価で販売し、10万枚を先住民や最貧困層といった恵まれない人々の団体向けに用意するよう決めた。

 だがこれに対しても、往年の名選手で現在は国会議員を務めるロマーリオは手厳しい。「年金生活者にそんな出費は無理だろう。彼らはワールドカップから締め出されたも同然だ」

 ワールドカップ関連施設の建設や整備が進んでいないことも、大きな懸念材料となっている。東部の都市ナタルに至っては、工事の大幅な遅れを理由に試合の開催地から外される可能性までささやかれている。FIFAのジェローム・バルケ事務局長はこれを否定しつつも「大幅に遅れているのは事実で、今後はさらにしっかりと監視する必要がある」と述べている。

 ワールドカップ開催までもう2年しかない。

From GlobalPost.com

[2012年5月23日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マレーシア、対米関税交渉で「レッドライン」は越えず

ビジネス

工作機械受注、6月は0.5%減、9カ月ぶりマイナス

ビジネス

米製薬メルク、英ベローナ買収で合意間近 100億ド

ビジネス

スターバックス中国事業に最大100億ドルの買収提案
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 5
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 6
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 9
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中