最新記事

ロシア

南オセチア大統領選をねじ曲げた暴力

選挙に当選した野党指導者に暴行、影響力を失いつつあるプーチンの焦り

2012年3月29日(木)14時43分
アンナ・ネムツォーワ(モスクワ)

幻の大統領 ジエオワはやり直し選挙への立候補も禁じられたまま Eduard Korniyenko-Reuters

 人口約7万人の小さな共和国、南オセチアは悲しげな国だ。ロシア軍基地の色鮮やかな新築の建物の隣には、以前は建物だったれんがの山がある。崩れかけた家が並ぶ道路には大きな穴が開いていて、冬の薄暗い日差しの中を車がはうように進む。

 この国では珍しい外国人記者にまず向けられる質問といえば──「アラは本当に警官に殴られたのか?」。
昨年11月の大統領選で、南オセチア初の女性大統領の座を射止めたのが、野党指導者のアラ・ジオエワ元教育相(62)だ。グルジアからの独立を宣言した南オセチアでは、08年に帰属をめぐってロシア軍とグルジア軍が衝突。ロシアは後に南オセチアの独立を承認していた。

 紛争後初の自由選挙となった大統領選で独立系候補のジオエワ陣営は、ロシア政府が南オセチア復興の約束を果たしていないと追及。ジオエワはロシアが支持する候補を破り、16ポイント差で当選したという選挙管理委員会の証書も受け取った。ロシアにとっては大きな誤算だった。

 一方、南オセチアの最高裁判所は選挙違反があったとして当選を取り消す事態に。議会は3月に選挙をやり直すと決めた。

 ジオエワの支持者は抗議デモを繰り広げた。「権利意識の高まりと自分たちの意見が無視されているという思いが、人々を駆り立てた」と、シンクタンク「国際危機グループ」のバーバラ・パクホメンコは言う。

 臨時大統領はジオエワの逮捕を命令。ジオエワ側の主張によると2月9日の夜、目出し帽をかぶった数十人の男が彼女の自宅に押し入った。ジオエワの兄弟が最後に見たのは、意識を失った彼女が軍のトラックに投げ込まれる場面だった。

 ジオエワの「当選」以降、ロシアは南オセチアを孤立させている。2月には全域のインターネット接続を遮断。彼女が襲われた前日には、山間部の南オセチアに通じる唯一の道路の手前で、ロシアの国境警備隊がロシア人ジャーナリストを追い払った。翌日の夜までにロシアの非常事態省は、大規模な雪崩でこの道路が閉鎖されたと発表した。

「瓶詰めのキュウリのように孤立させ、市民の最後の権利である投票権を奪う。ロシアは南オセチアを内戦へと追い詰めている」と、歴史学者のファティマ・マルギエワは言う。

北カフカスへの「警告」

 先週初めの段階で、ジオエワは集中治療室に入院している。入り口には銃を担いだ兵士が張り付き、支援者やジャーナリストを通さなかった。

 ジオエワの腕の青あざを携帯電話で撮影した写真が市民の間に広まり、怒りを倍増させた。当局は、彼女が高血圧の発作で意識を失って病院に運ばれたと発表。

 しかしジオエワは病室から電話で本誌に次のように語っている。「兵士に体を引き裂かれそうになり、床に投げ出された。意識を失う寸前、銃で体を突かれるのを感じた。彼らは私を処刑しているかのようだった」

 ロシア政府が選挙結果の操作に失敗したのはこれが初めてではない。だが失敗した後であからさまに暴力に頼ったのは初めてだ。「プーチン首相は(旧ソ連圏の)周辺国だけでなく、国内でも統制力を失いつつある」と、政治技術研究所のイーゴル・ブーニン所長は言う。「彼らの計画どおりに行かなければ、その続きは血と暴力と混乱だ」

 ジオエワへの暴力について語らないロシアの沈黙は、南オセチアが隣接する北カフカス全域への警告かもしれないとの見方もある。「ロシアはもはや(北カフカスの)自治政府の正統性も、ロシアの政策が市民に支持されるかどうかも気にしていない」と、パクホメンコは言う。

[2012年3月 7日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=大幅反発、米中貿易戦争巡る懸念和らぐ

ワールド

ハマス、ガザ地区で対抗勢力と抗争 和平実現に新たな

ビジネス

オープンAI、ブロードコムと提携 初の内製AI半導

ビジネス

米国株式市場=大幅反発、米中貿易戦争巡る懸念和らぐ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇敢な行動」の一部始終...「ヒーロー」とネット称賛
  • 4
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 10
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中