最新記事

中東

イラン人科学者暗殺はイスラエルの仕業か

イスラエル国防軍の特殊部隊「サエレット・マトカル」は、遠い国に潜入して邪魔者を消す能力を備えている

2012年2月17日(金)14時29分
ダン・エフロン(エルサレム支局長)

精鋭ぞろい 訓練に励むイスラエル兵士たち Amir Cohen-Reuters

 この4年間で暗殺されたイラン人科学者は、これで少なくとも6人目だ。先週イランの首都テヘランで、核科学者のモスタファ・アフマディ・ロシャンが乗った車が爆破された。

 目撃者によれば、アクション映画ばりの暗殺劇だった。走行中の車に男がバイクで近づき、車のドアに磁石式の爆弾を取り付けて逃走。科学者と運転手が爆死した。

 一連の暗殺事件は、イランの核開発計画を止めたいイスラエルの仕業だと、多くの専門家が考えている(国内指導部の内紛など、政治的理由でイラン政府が自ら手を下したケースもあるという見方もある)。今回もイラン政府はイスラエルとアメリカが関与していると非難したが、米政府は関与をはっきりと否定した。

 一方のイスラエル政府は公式な声明を出さず、例によって肯定も否定もしていない。しかしイスラエル国防軍の特殊部隊「サエレット・マトカル」のドロン・アビタル元司令官は、イスラエル軍は自国から遠く離れた土地で爆破作戦を行う能力を備えていると本誌に語る。「距離は作戦の妨げにはならない」

 現在、中道派政党カディマの国会議員であるアビタルは今回の事件について具体的なことは何も知らないとし、あくまで一般論とした上で、かつて率いた部隊の任務などについて語った。

 サエレット・マトカルは国防軍の精鋭部隊で、元メンバーにはネタニヤフ首相やバラク国防相などが名を連ねる。76年に起きたエールフランス機乗っ取り事件の乗客救出劇などで、その名を世界に知らしめた。

 国外で作戦を行う場合には、情報機関モサドの諜報員と協力することが多い。実物大に作った「仮の標的」を使い、場合によってはシミュレーションに何カ月も費やすという。「あらゆる場面を想定して訓練するが、実行に移す機会が意外に早く訪れることもある」

 作戦は目的地への派遣、実行、帰還の3段階で構成される。現地での実行より、派遣と帰還が難しい場合が多いという。

 イスラエルのような小国では身元を隠すのが難しいため、作戦の実行前には秘密保持が徹底的にたたき込まれる。愛する人に隠し事をするのはつらいものだ。「ある作戦の前日、恋人とケンカになったが『大事な仕事が控えているから今日はやめよう』とは言えなかった」と、アビタルは振り返る。

 だが、ある程度オープンにするほうがいいと考える司令官もいる。「作戦には兵士だけではなく操縦士や技術者など多くの者が関わっている。情報を持つのは最小限の人間に限るべきという考え方もあれば、全員が共有すべきという考え方もある」

 作戦の標的となった国では、安全な隠れ家の確保や機材の調達などで地元民の協力を得ることがよくある。最近実行された作戦では、イスラエルがイランの反体制組織ムジャヒディン・ハルクと協力したとの報告もある。「どんな作戦でも、敵地では現地の人間の助けが不可欠だ」と、アビタルも否定しない。

 イスラエルはイランの報復を受ける覚悟はできているのか。アビタルは言う。「もしイランが科学者暗殺はイスラエルの仕業だと考えれば、何らかの行動を取ってくるだろう」

[2012年1月25日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

EVポールスター、中国以外で生産加速 EU・中国の

ワールド

東南アジア4カ国からの太陽光パネルに米の関税発動要

ビジネス

午前の日経平均は反落、一時700円超安 前日の上げ

ワールド

トルコのロシア産ウラル原油輸入、3月は過去最高=L
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中