最新記事

潜入ルポ

私が見たシリアの激戦区ホムスの現実

2012年2月6日(月)14時11分
ジェームズ・ハーキン

まるで銀行強盗のように

 バスを降りた後、トイレに行きたいから少し待っていてくれと告げると、モハメドは血相を変えて「絶対に駄目だ」と言った。「ホテルまで、あと5分我慢しろ」

 私たちは周囲の詮索するような視線を浴びながら、スポーツバッグを手に地面をじっと見詰め、まるで犯行を終えて逃げ出す銀行強盗のようにタクシーを探して歩き続けた。タクシーに乗ると、モハメドは移動中ずっと、アラビア語で運転手と話をしていた。どうやら暴力の悪化について話していたようだ。

 市内では1人でタクシーに乗るな、とある人から事前に忠告を受けていた。運転手が当局と親しかったら、そのまま警察署に連れて行かれて国外追放される可能性がある。ただ追放されるだけでなく、拷問される可能性もある。

 ジャーナリスト保護委員会(ニューヨーク)によれば、私がホムスを去った2日後に、市内の大通りでシリア人の報道カメラマンが遺体で発見された。遺体は両目をくり抜かれていたという。

 到着したホテルのロビーで、私はモハメドに金を渡そうとした。遠回りをさせてしまったから自宅に帰る交通費として受け取ってほしいと言って、彼の手に紙幣を握らせようとした。でも彼は受け取らなかった。

 いずれにせよ、自宅には戻らないことにしたと言う。家から電話がかかってきて、危険だから戻って来ないほうがいいと言われた、もっと安全な地域に住む姉妹のところに泊まることにしたと言っていた。

 私たちは最後の抱擁を交わした。そしてモハメドは、彼と同じように親切なホテル支配人に私を託して、厳しく危険な世界へと戻っていった。

[2011年12月14日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は小幅続伸、半導体株上昇も次第に伸び

ワールド

ガザ支援物資、海上からの搬入難航 エジプトで山積み

ビジネス

米ノルウェージャン、利益見通しまた引き上げ クルー

ワールド

豪中銀、5月会合で利上げも検討 インフレリスク上昇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 7

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 8

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中