最新記事

債務危機

「統治も辞任もしない首相」ギリシャにも

アメリカ生まれのパパンドレウ首相には、議会と国民の心を掌握する指導力もデフォルト危機に対処する経済知識もない

2011年6月28日(火)17時26分
ジョアンナ・カキシス、ニコラス・レオントポウロス

指導者失格 誠実な人柄で知られるパパンドレウには首相より大学教授が似合うとの声も Eric Vidal-Reuters

 ギリシャのパパンドレウ首相は、父親も祖父もかつて首相を務めたという政界のサラブレッド。だが、ギリシャ政界に半世紀以上に渡って君臨してきた名門パパンドレウ家は今、「退場」の瀬戸際に追い込まれている。

 膨大な国家債務を抱え、デフォルト(債務不履行)の危機に直面してから1年あまり。EU(欧州連合)とIMF(国際通貨基金)の支援を得るために数々の厳しい財政再建策を打ち出してきたにも関わらず、ギリシャ財政は再び破綻の縁に立たされている。

 国会は6月27日から3日間の予定で、財政再建の中期計画を審議している。EUから次回の融資の条件とされているこの法案が29日の採決で否決されれば、デフォルトに至る可能性が高い。

 ギリシャがこの1年間、国際社会からの支援と引き換えに行ってきた歳出削減と増税は、ギリシャ経済を一段と悪化させた。失業者は増え、収入は目減りする一方。緊縮財政に反対するデモ隊が、議会の目の前にあるシンタグマ広場に何週間も座り込んでいる。世論調査で、国家が間違った方向に進んでいると答えた人は87%に達した。

 事態をさらに困難にしているのが、欧州諸国の対応だ。EUはギリシャ政界が一致団結して財政再建に取り組まない限り、5回目の融資を行わないと脅しをかけている。7月までに融資が下りなければ、ギリシャはデフォルトに陥る。それなのに、パパンドレウ首相の父親が1974年に創設した与党・全ギリシャ社会主義運動の国会議員の中にも、緊縮財政法案に反対する者がいる。

経済政策の明確なビジョンなし

「手に負えない状態だ」と、政治科学を専門とするエール大学のギリシャ人教授、スタティス・カリャバスは言う。「債務危機は非常に深刻で、そもそも交渉の余地などなかった。政府は過去30年間に行うべきだった経済改革を1年間で実行しなければならなかった」

 だが、なりふり構わぬ泥仕合が繰り広げられるギリシャ政界のなかでは珍しく、穏やかな対話を好むパパンドレウは6月中旬、異例の行動に出た。最大野党の党首で米アムハースト大学時代に学生寮のルームメイトだったアントニス・サマラスに、ある提案を持ちかけたのだ。

 それは、自らの辞任と引き換えに、法案に賛成し、大連立政権に参画してほしいというもの。だが身内からの助言もあって、パパンドレウは自身の59回目の誕生日に当たる6月16日、大連立構想を撤回した。

 ギリシャのエスノス紙によれば、弟のニックが「ジョージ、パパンドレウ家の政治家が辞任したことは一度もない」と諌めたという。「首相は辞任しないものだ」

「父親の後を継いで政治家になったのは、彼自身の選択ではなかったのかもしれない」と、ギリシャで活躍する小説家で評論家のアレクシス・スタマチスは言う。「あまりの重責で、彼には無理だった」

 口うるさいユーロ圏の国々と交渉しながら、自国を危機から救う舵取りをするのは困難極まりない仕事だ。しかも、パパンドレウには明確な経済政策のビジョンがなかったと、04〜06年にパパンドレウのスピーチライターを務めた政治経済学者ヤニス・バロウファキスは指摘する。

「パパンドレウは今年、猛スピードで経済学を学ばなければならなかった」とバロウファキスは言う。「彼は今の危機が起きる直前に、首相に選ばれた男だ。04年に首相になっていたら、彼にとっても国民にとっても話は違っていただろう。だがこの危機の最中では、諸外国とうまくやっていく力量さえ失っている」

 米ミネソタ州で生まれてアメリカとイギリスで教育を受け、外国語に堪能な社会学者のパパンドレウ。当初はヨーロッパ人とうまく付き合っていける人物と見られていた。外務大臣時代は欧州諸国の大臣たちに好かれ、彼らと親しい関係を築いていた。

 反対にパパンドレウが苦労したのは、同じギリシャ人との付き合い方だ。ギリシャ国民は、パパンドレウのことを同胞とは見ていない。カフェインとタバコをこよなく愛する国にあって、パパンドレウは健康志向の強いサイクリング愛好家。プリウスを運転する自然エネルギー信奉者でもある。

 熱弁を振るった父とは違い、パパンドレウの演説は穏やかで、人々を鼓舞する迫力がない。好戦的なギリシャ政界では異色だ。ギリシャ国民に向かっての演説より、国際会議で英語で演説しているときのほうが居心地が良さそうにも見える。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落後切り返す、FOMC受け荒い

ビジネス

10月米利下げ観測強まる、金利先物市場 FOMC決

ビジネス

FRBが0.25%利下げ、6会合ぶり 雇用弱含みで

ビジネス

再送〔情報BOX〕パウエル米FRB議長の会見要旨
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中