最新記事

北朝鮮

じわり浮上「金正日暗殺」の現実味

ウサマ・ビンラディン殺害やリビア空爆を経て、タブー視されなくなってきた「禁断の選択肢」

2011年6月13日(月)18時21分
ブラッドリー・マーチン

次の標的? 金正日のような国家元首の殺害は国際法で禁じられているが(昨年ソウルで行われたデモでモデルガンを向ける参加者) Truth Leem-Reuters

 射撃の訓練は、標的次第で成果も変わってくるもの。韓国軍は先ごろ、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記と父親の金日成(キム・イルソン)、三男の金正恩(キム・ジョンウン)の顔写真を一部の射撃訓練で標的に使っていたことを認めた。北朝鮮は重大な冒涜行為に対して報復措置を取ると、いつものように脅し文句で警告。韓国軍は即座に写真の使用を中止した。

 今回の一件は、昨年の北朝鮮による延坪島砲撃事件に韓国軍兵士が怒りを募らせて起きたのかもしれないが、同時により深い真実も浮き彫りにした。金一族の支配が続くかぎり、北朝鮮をめぐる問題がいい方向へ向かうことはない、ということだ。

 メールマガジン「コリア・エコノミック・リーダー」を発行するトム・コイナーは、「北朝鮮の国外の利害関係者の間で広がるコンセンサス」があると指摘する。「悪い選択肢の中から選ぶしかなかった状態から、現実味のある選択肢はゼロという諦めの境地に変わった」

生かしておくより永久に葬るべき?

 だとすれば、なぜ残された選択肢、「金一族の暗殺」について誰も語らないのか。金正日と息子の金正恩を排除できれば、食糧不足に苦しむ北朝鮮の人民だけでなく、利害関係のある近隣諸国の大半(恐らく中国も)にも多大なメリットがある。

 アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンと同じく、金正日も生きたまま権力の座からひきずり下ろすより、殺害して永久に葬るほうがプラスだという点も、誰も認めようとしない。

 確かに、特定の国に縛られない存在だったビンラディンとは違って、金正日のような国家元首の暗殺は「悪」だと長年考えられてきた。そんな行為が国際法で許されるなら、敵のいる国の指導者は皆、暗殺リスクと隣り合わせで暮らさなければならなくなる。

 しかしビンラディンの殺害などを経て、暗殺をタブー視する傾向は弱まりつつある。「我々は国際法を都合よく書き換えているようだ」と、ある元アメリカ人外交官は言う。「(リビアの)カダフィ大佐の政府軍司令部を狙ったNATO(北大西洋条約機構)の空爆がいい例だ」

 とはいえ、下手に動いて北朝鮮を刺激するのも危険だ。韓国に亡命した元北朝鮮軍関係者の話によれば、ある会合で北朝鮮の生物化学兵器プログラムの開発者がこう語っていたという。北には韓国の全市民を消し去るだけの化学兵器があり、韓国が北のイデオロギーを受け入れない以上、いずれそれを使用する日が来る、と。

アメリカに頼らない最善のシナリオ

 さらに、暗殺を恐れて居場所を転々とし、飛行機にも乗らず、常に優秀なシークレットサービスに囲まれた指導者をどう狙えばいいか、という技術的な問題もある。89年にルーマニアで革命が巻き起こり、独裁体制を築いていたチャウシェスク大統領夫妻が処刑されて以降、北朝鮮のシークレットサービスの人数は20倍の7万人に増えた。

 今のところ、アメリカが北朝鮮のトップ殺害を試みるのは賢明ではなさそうだ。しかし他の誰か──理想的には北朝鮮の民衆──の手によって、金一族の支配が終焉を迎えるのは素晴らしいことだと、アメリカ政府は考えていいだろう。

 金一族の支配はもはや絶対ではなく、ここ数年は陰りさえ見えつつある。最善のシナリオは、政府指導部の誰かが、金一族が消えないかぎり北朝鮮は前に進めないと気づくことだ。

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EXCLUSIVE-チャットGPTなどAIモデルで

ビジネス

円安、輸入物価落ち着くとの前提弱める可能性=植田日

ワールド

中国製EVの氾濫阻止へ、欧州委員長が措置必要と表明

ワールド

ジョージア、デモ主催者を非難 「暴力で権力奪取画策
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 10

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中