最新記事

中東革命

「優等生」トルコがアラブ世界のお手本に

独裁者を倒し権力を握った各国のイスラム政党は、「イスラムと民主主義の両立」の教えを求めてトルコ詣で

2011年4月7日(木)13時08分
オーエン・マシューズ(イスタンブール)

イスラム穏健派のドン 過激派から宗旨替えしてトルコ史上最も安定した政権を作ったエルドアン首相 Umit Bektas-Reuters

 革命の波が広がる中東諸国で、イスラム政党が各国で政権を掌握する可能性が出てきた。穏健路線への転換を目指す地域のイスラム主義の指導者がお手本と仰いでいるのが、トルコのエルドアン首相だ。

 亡命先から帰国したチュニジアのイスラム政党指導者ラシド・ガンヌーシは近々、トルコの首都アンカラを訪問する。政治的な主流派になるには「イスラムと近代主義の両立」が必要であり、エルドアン率いる公正発展党(AKP)に学ぶべきだと考えるからだ。

 エジプトのムスリム同胞団もエルドアンを見習い、穏健政党「自由公正党」を結成。少数派のコプト教徒も取り込んで、今後の選挙に打って出る計画だ。モロッコのイスラム政党は、トルコと同じ「公正発展党」。ヨルダンのイスラム行動戦線は、アブドラ国王との会談で「トルコ型」の政治を求めた。トルコのシンクタンクが最近行った調査では、75%のアラブ人がトルコは「イスラム教と民主主義の共存の成功例」だと考えている。

 エルドアンもかつては過激なイスラム主義者だった。99年には扇動罪で投獄された経験もある。その後穏健派に転じ、現代トルコ史上最も安定した政権与党の党首となった。

 エルドアンの指揮下で、AKPは全国規模の選挙(国民投票も含む)に5回勝利。政教分離の原則を振りかざす司法の介入や軍のクーデター計画を乗り切り、政権発足後8年でGDPを倍増させた。

 エルドアン自身は、トルコが他国の模範になるなどとは言わない。かつてオスマントルコに支配されたアラブ世界の人々は、今でもトルコが盟主気取りになることを警戒するからだ。

「トルコは手本というより、彼らに勇気を与える存在になるだろう......ある国の成功例がすべての国に当てはまるわけではない」と、エルドアンは本誌に語った。ただし彼が言うように、「トルコが人権擁護と法の支配を土台に、きちんと機能する民主主義を打ち立てた」ことは、イスラムと民主主義の両立は可能という証拠にほかならない。

原理主義との訣別が鍵

 わずか10年前まで、トルコはお粗末な民主主義の最たる例だった。腐敗した指導者たちが政権交代劇を繰り広げ、軍がたびたび政治に介入。金融部門は脆弱で、多くのクルド人と左派活動家が闇へ葬られた。

 エルドアンにも汚点はある。アラブ世界の同盟国であれば、相手が独裁政権でも目をつぶってきたのだから。昨年末には、リビアの最高指導者カダフィ大佐が創設した人権賞をありがたく受け取っている。

 それでも、今のトルコを築いたのはエルドアンの功績だ。現政権下で軍は政治に口出しできなくなり、内政は安定。近隣諸国との関係も良好で、年率8%の急成長を遂げるトルコは地域経済の牽引役になっている。
近隣諸国のイスラム政党がトルコを手本にするには、不都合な点もある。AKPはイスラム原理主義と訣別し、欧州のキリスト教民主政党を見習って「ムスリムの民主政党」となった。

 その一方で、イランやスーダン、アフガニスタンのイスラム政権は「社会正義、平等、法の支配、外国支配からの解放を実現するという約束を果たせなかった」と、中東問題研究所(ワシントン)のゴナル・トルは指摘する。「その結果、若い世代のイスラム教離れが進んだ」

 冷戦後、東欧の共産主義者は社会民主主義者に転じた。同じように、トルコのイスラム主義者も現実的な穏健派に生まれ変わった。革命後の新時代に向けてアラブのイスラム政党がトルコに学ぶつもりなら、この事実を受け入れる必要がある。

[2011年3月 9日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドが空軍基地3カ所を攻撃、パキスタン軍が発表

ワールド

アングル:ロス山火事、鎮圧後にくすぶる「鉛汚染」の

ワールド

トランプ氏、貿易協定後も「10%関税維持」 条件提

ワールド

ロシア、30日間停戦を支持 「ニュアンス」が考慮さ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 2
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノーパンツルックで美脚解放も「普段着」「手抜き」と酷評
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    教皇選挙(コンクラーベ)で注目...「漁師の指輪」と…
  • 5
    恥ずかしい失敗...「とんでもない服の着方」で外出し…
  • 6
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 7
    骨は本物かニセモノか?...探検家コロンブスの「遺骨…
  • 8
    「金ぴか時代」の王を目指すトランプの下、ホワイト…
  • 9
    「股間に顔」BLACKPINKリサ、ノーパンツルックで妖艶…
  • 10
    ついに発見! シルクロードを結んだ「天空の都市」..…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 9
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノー…
  • 10
    野球ボールより大きい...中国の病院を訪れた女性、「…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中