最新記事

戦争後遺症

忘れられた戦争の忘れられた犠牲者

20年前の第1次湾岸戦争に従軍したイギリス人技術者の腎臓障害は、劣化ウラン弾が原因なのか

2011年3月9日(水)14時16分
末盛亮(フォトグラファー・ライター)

終わりなき戦い コナリーが20年間味わってきた苦痛を知る人は少ない Akira Suemori

 繰り返しですっかり膨れ上がった静脈に、そっと針を刺す。手伝ってくれる人はいない。ロンドン南西部の公営福祉住宅に住むポール・コナリー(48)の朝は週半分以上、こうして始まる。

 週4日、1日4時間かけての人工透析が文字通りコナリーの生命線だ。以前は週3回地元の病院に通っていが、移転で自宅から離れたため、講習を受けて自分で透析することに決めた。毎回、透析特有の寒さや体のかゆみに悩まされるが、やめることはできない。部屋に貼ったカレンダーは、透析のほか医師の診察、医療機器のメンテナンスといった予定で埋められている。

 サッカーチームでプレーするほど健康だったコナリーの生活が一変したのは、民間技術者として、湾岸戦争に参加したイギリス軍に従軍した20年前のこと。90年10月から91年5月まで湾岸地域に滞在し、うち3週間はイラク南部で過ごした。「死のハイウェイ」と呼ばれ、敗走するイラク軍が激しい攻撃にさらされたバスラ・ロードがある地域だ。

 戦場でコナリーは兵器用コンピューターの周辺機器を保守・管理していた。帰国した際には「生きている喜び」を噛み締めたが、それも長くは続かなかった。体が異様に疲れやすくなっているのに気付き、原因不明の頭痛に悩まされ始めたからだ。

 医師から血圧が高いと指摘され、病院で詳しい検査をしたところ、腎臓の機能に問題が見つかった。帰国後5年ほどで健康、仕事、恋人、そして自宅を失う。ホームレスになり、手を差しのべてくれた姉宅に身を寄せた。腎臓移植手術も受けたが、移植された腎臓は機能せず、人工透析が欠かせなくなった。


湾岸戦争で受けた勲章が飾られている

名誉のメダル 湾岸戦争で受けた勲章が飾られている  Akira Suemori


民間人には恩給が認められない

 湾岸戦争では、装甲板を貫通する劣化ウラン弾が使用された。着弾・貫通する時に燃焼し酸化ウランが飛散するとされ、これが湾岸帰還兵らの健康被害の一因ではないかと指摘されている。コナリー自身も、劣化ウラン弾の使われた地域の汚染された空気にさらされたのではと感じている。現在のイギリスには健康被害を訴える湾岸帰還兵が数千人いるとされ、軍人恩給の申請が認められるケースもある。

 しかし民間人のコナリーにはその資格がない。地元の国会議員を通じてイギリス政府に援助を求めたが、「回答すべきケースではない」という答えしか返って来なかった。同じ立場で健康被害を訴える民間人は十数人いたが、恩給が認められる見通しが立たないため、全員活動を止めてしまった。今では音信不通だ。

 従軍前、コナリーはかけられる適当な保険を探したが該当するものがなかった。当時所属していた会社の上司から問い合わせを受けた国防省の担当者は「こちらで面倒をみる」と、答えたという。

「(湾岸戦争を病気の因果関係を認めてもらうために)何年も戦ってきたが、何にもならなかった」。コナリーは会話中、左耳を傾けて聞くことが多い。耳感染症で右耳の鼓膜が破れ、左耳でしか聞こえないからだ。免疫機能が落ちているせいだ、とコナリーは考えている。昨年は肥大した副甲状腺の摘出手術を受けた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中