最新記事

南アジア

冒涜罪テロと怒りのパキスタン

要人暗殺の教訓を生かしてより寛容な社会を実現する勇気があるかどうかに対米同盟の行方はかかっている

2011年2月15日(火)15時06分
ロン・モロー(イスラマバード支局長)、サミ・ユサフザイ(イスラマバード)

無念の死 1月5日にラホールで行われたタシールの争議には数千人が参列した Faisal Mahmood-Reuters

 パキスタン東部パンジャブ州のサルマン・タシール知事が自身の警護官マリク・ムンタズ・フセイン・カドリに至近距離から撃たれて死亡したのは今月4日。その直後から、SNSのフェースブックには暗殺者を称賛する書き込みが殺到した。

「預言者ムハンマドを侮辱する人間には死あるのみだ。彼(カドリ)の行為は信仰心の表れにほかならない」と、投稿者の1人は主張した。

 パキスタンには1980年代に導入された「宗教冒涜罪」があり、違反者には死刑が適用される。タシールはこの規定の緩和を唱えていた。

 タシールはパキスタンの政治家には珍しく、武装勢力とつながりがあるイスラム過激派や宗教右派を公然と批判する人物だった。さらに預言者を侮辱したとして死刑判決を受けたキリスト教徒の女性アーシア・ビビの擁護に回り、冒涜罪の見直しを訴えたことで、保守派や過激派の激しい怒りを買った。

護衛も信用できない国

 北西部の南ワジリスタンで活動するパキスタン・タリバン運動(TTP)のある司令官は、本誌記者との電話でこう言った。「タシールを殺した警護官はタリバン支配地域に逃げてくればいい。われわれは口づけで出迎えるだろう」

 司令官はさらに話を続けた。「この問題はタシールの殺害で終わらない。一般のパキスタン人とタリバンは怒りに燃えている。その対象は、マスコミの人間や、冒涜罪の見直し運動を主導した女性議員も含まれる」

 パンジャブ州知事に就任して以来、タシールは州内で最大の勢力を持つ2人の政治家と何度も衝突した。1人はナワズ・シャリフ元首相、もう1人は弟のシャバズ・シャリフ州首相だ(大統領任命制の知事は名目上、州の最高責任者だが、実権は選挙で選ばれる州首相にある)。シャリフ兄弟は口では過激派に反対しながら裏で支援に回っていると、タシールは批判した。

 昨年初めの外国人記者との昼食会でタシールは、シャバズがシーア派教徒の暗殺やモスクの爆破に関与したスンニ派過激組織シピーヒーエ・サハバの指導者と一緒に選挙運動を行ったと非難。11月にも、シャリフ兄弟の対応が甘いせいで過激派が州内で急増していると罵った。

 冒涜罪に対するタシールの姿勢に激怒した宗教右派は昨年末、大規模な抗議デモを組織。タシールの元には暗殺の脅迫が大量に届いたが、シャリフ兄弟は知らん顔を決め込んだ。

 暗殺犯が知事の警護官だったことは、パキスタンでは必ずしも意外ではない。故ベナジル・ブット首相は本誌に対し、パルベズ・ムシャラフ大統領(当時)から身の安全は保証できないし、信頼できる護衛を付けてやることもできないと告げられたと語ったことがある。そのブットも07年に暗殺された。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独メルセデス、第3四半期営業利益が前年比7割減 人

ワールド

中国、米国産大豆を購入 米中首脳会談を控え=関係筋

ビジネス

日経平均は大幅反発、初の5万1000円台 アドバン

ワールド

韓国大統領、原子力潜水艦用燃料の供給に意欲 トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」にSNS震撼、誰もが恐れる「その正体」とは?
  • 2
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理に押し上げた「2つの要因」、流れを変えたカーク「参政党演説」
  • 3
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大ショック...ネットでは「ラッキーでは?」の声
  • 4
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 5
    「ランナーズハイ」から覚めたイスラエルが直面する…
  • 6
    楽器演奏が「脳の健康」を保つ...高齢期の記憶力維持…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    リチウムイオンバッテリー火災で国家クラウドが炎上─…
  • 9
    「何これ?...」家の天井から生えてきた「奇妙な塊」…
  • 10
    怒れるトランプが息の根を止めようとしている、プー…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 10
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中