最新記事

イタリア

ベルルスコーニに迫る最後の審判

14日に行われる内閣不信任決議を何とか乗り切ったとしても、政治生命の終わりは近い

2010年12月14日(火)18時24分
バービー・ナドー(ローマ)

追い込まれた首相 不信任案採択の前日に上院で続投支持を訴えたが Alessandro Bianchi-Reuters

 イタリアのシルビオ・ベルルスコーニ首相(74)は今、自らの政治生命に点滅する赤信号を目の当たりにしている。

 イタリア随一のメディア企業を一代で築き上げたベルルスコーニが、政治の世界に足を踏み入れたのは17年前。知名度は低かったが、1994年の抜き打ち選挙で下院議員に当選し、すぐに首相に就任。以来、巨万の富を手に入れ、首相の座に2度返り咲き、汚職やマフィアとの癒着疑惑で数え切れないほどの法廷闘争を戦い抜いてきた。離婚調停中の2番目の妻ベロニカ・ラリオを含む多くの女性から軽蔑されるような言動も数多い。

 ベルルスコーニはイタリアの歴代首相はもちろん、G8(主要8カ国)のどの指導者よりも長い在任期間を誇る。しかも、近年稀にみる「キャラ立ち」した政治家だ。イタリアの民放テレビ局の大半を傘下に収め、国内有数の資産家でもある。常に忠実な友人と若い美女に取り囲まれる様子は、ローマ帝国の皇帝も顔負けだ。
 
 そんな輝かしいキャリアを暗転させかねない審判の日が、ついにやってきた。メディアが「Bデイ」と呼ぶ12月14日、ベルルスコーニ内閣に対する不信任決議案の採決が上下両院で行われる。可決されれば、「テフロン首相」の政治人生に幕が下ろされるかもしれない。

 ベルルスコーニは否決に自信をのぞかせるが、不信任を免れたとしても、政権を維持できるほど多くの否決票が集まる見込みはない。「独演会はおしまいだ」と、フェラーリのルカ・コルデロ・ディ・モンテツェモロ社長が皮肉ったように、退陣の時が迫っているのかもしれない。

かつての盟友が打倒ベルルスコーニの先頭に

 イタリア経済が混迷を深める中、ベルルスコーニはこの2年間を無為に過ごしてきた。業績といえば、訴訟に巻き込まれないよう画策し、ゴミに埋もれたナポリの街を散発的に清掃したことだけ。しかも、国際社会におけるイタリアのイメージをひどく傷つけた。

 内部告発サイト「ウィキリークス」で漏洩された情報をみても、各国の指導者がベルルスコーニをまともに相手にしていないのは明らかだ。ローマ駐在のアメリカ人外交官は本国への公電で、ベルルスコーニは「無責任でうぬぼれが強く」、指導者として「無能」だと伝えていた。

 ロシアのウラジーミル・プーチン首相のようにベルルスコーニのふざけた言動を歓迎する人もいるが、彼らには明白な動機がある。ウィキリークスによれば、2人の「大物独裁者」の間にはビジネス上の密約があり、双方の金銭的利益となるような外交政策を取っているという。

 14日の内閣不信任案決議を切り抜けたとしても、ベルルスコーニが勢いを失うのは間違いない。「もう彼の言葉を信用しない」と言うのは、かつての盟友ジャンフランコ・フィーニ下院議長。「彼は国を治めたいのではない。訴訟を逃れるために権力に留まりたいのだ」
 
 フィーニは不信任投票を実現させた立役者だが、ベルルスコーニを退陣させても自分が得をするわけではない。フィーニは今年7月、35人の仲間を引き連れて、ベルルスコーニ率いる与党「自由国民党」を離脱し、非公式の議員グループ「イタリアの未来と自由」を結成した。フィー二がベルルスコーニに代わって首相の座に就くには中道左派の野党と組む必要があるが、中道右派の出自を裏切るような真似をする可能性は低い。

 しかも、フィーニ派も一枚岩ではなさそうだ。不信任決議案の採択日が近づくにつれて、ベルルスコーニ派の議員が「イタリアの未来と自由」所属の議員に接触しているとの噂もある。

 フィーニにできるのは、フィーニ派の議員が約束通り、不信任案に賛成票を投じるよう願うことだけ。だが、たとえ不信任案が可決されても、1〜2票差の僅差であれば、ベルルスコーニを葬り去ることができない可能性もある。不信任案が可決されるとジョルジョ・ナポリターノ大統領はベルルスコーニの辞表を受理するが、野党を中心にした新たな連立が実現しなければ、結局は新政権の組閣をベルルスコーニに頼ることになるからだ。

 大統領が総選挙に踏み切る可能性もあるが、リーダー不在の野党は総選挙を望んでいない。いま総選挙が実施されれば、有力な対抗馬がいないせいでベルルスコーニが勝利すると、あらゆる世論調査が示している。

身内からも「続投は無理」との声

 12月13日の朝、ベルルスコーニは上院で続投支持を訴える演説を行い、自分を引きずりおろせば、イタリアはギリシャやアイルランドの危機と同じような悪循環に陥ると警告した。「今のイタリアにとって最悪なのは政治の危機だ。明白な解決策がないまま危機を引き起こすことの愚かしさを考えてほしい」

 だがイタリア人の多くにとって、ベルルスコーニ政権はすでに茶番だ。11日には何万人ものデモ隊がローマに集まり、「ベルルスコーニが監獄に入らないかぎり、イタリアは変わらない」といったプラカードを掲げて通りを練り歩いた。

 その前日には、不信任案への態度を明らかにしていない議員らにベルルスコーニ陣営が買収工作をした疑惑について、当局が調査を開始した。「恥、恥、恥だ」と、野党民主党のピエル・ルイジ・ベルサニ書記長は集会で語った。「ベルルスコーニは引っ込んでいろ」

 採択の当日に懸念される暴動に備えて、治安部隊がローマ中心部の警備を強めるなか、ベルルスコーニは13日夜に下院でも演説をした。「私は穏やかな気持ちで自信に満ちている。不信任案に賛成する者は有権者からの負託を裏切ることになる。祖国が極めて厳しい状態にある今、我々は一致団結しなければならない」

 だが懐疑的な声は収まりそうにない。ベルルスコーニ陣営に留まっているウンベルト・ボッシ下院議員も、不信任案が否決されたとしても、僅差では続投は無理だとの見解を報道陣に示した。「いい演説だったが、1票差の過半数では政権はもたない」

 13日午後の情勢では、不信任案はまさに1〜2票差で否決される可能性が高い。Bデイを切り抜けたとしても、ベルルスコーニ時代の終焉へのカウントダウンがいよいよ始まりそうだ。

<追記>
 本誌11月24日号のカバー特集「イタリア男の本性」は、ベルルスコーニという破廉恥指導者を生んだイタリアの男中心主義と超セクハラ社会の実態を伝えた衝撃リポートです。ぜひご覧ください。
<デジタル版のご購入はこちら
<iPad版、iPhone版のご購入はこちら
<それ以外のバックナンバーのお問い合わせは先は03-5436-5721>

<定期購読のお申し込みはこちら

明日発売の最新号のカバーは毎年恒例の人気特集「マンガと写真で振り返る2010」です。
<最新号の目次はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中