最新記事

社会

台湾「売春合法化」とアジアの性産業

台湾の合法化は、社会秩序と売春婦の権利保護の間で揺れ動くアジア諸国に大きな影響を及ぼす可能性がある

2010年12月1日(水)18時14分
ジョナサン・アダムズ(台北)

売る権利 台北市内の売春宿で働く47歳の売春婦(09年6月) Nicky Loh-Reuters

 台北で売春の世界に入ったのは、多額の借金がきっかけだった。初めは何度か失敗もしたが、今ではひと月に3000ドル稼げるときもある。

 金は儲かるが、厄介な問題が1つあると、「ナディア」と名乗るこの女性は言う。警察だ。台湾では売春は違法とされるため、彼女はこれまで3日間の投獄を数回経験した。1000ドルの罰金を科せられたこともある。

 しかし台湾では、1年後に売春の合法化が予定されている。そうなれば「もっと気楽に働けるようになる」とナディアは語る。「今みたいに警察にびくびくしなくて済む。脅迫されるかもしれないと脅える必要もなくなる」

 台湾における売春の合法化は、社会秩序と売春婦の権利保護の間で揺れ動くアジア諸国に大きな影響を及ぼすかもしれない。現在、売春を合法としている国は70カ国以上。逆に違法としている国は100カ国以上に及ぶ。

 アジアの買春ツアーのメッカといえばタイとフィリピンだが、いずれの国でも売春は違法。中国でも違法とされてはいるが、実際は見て見ぬふりをしたり、逆に厳しく取り締まったりと対応はまちまちだ。日本ではセックス以外の風俗は合法とされているため、性産業は活況を呈している。

セックスを買うのは合法

 一方、台湾では8万〜10万人の女性が性産業で働いている(クラブやカラオケパブなどでセックス以外の性的サービスを行うホステスを含む)。売春の合法化をめぐっては、これまで女性の権利擁護派と労働者としての権利を訴える人々が対立してきた。

 前者は風俗というものは女性を搾取し、人身売買や未成年者を巻き込むことにつながると批判する。対する後者は、風俗はすぐになくならないし、売春婦も他の労働者と同じように尊厳を守られるべきだと主張する。「彼女たちは社会に貢献しているのに、最低レベルの地位しか与えられない」と、日日春関懐互助協会(COSWAS)の簡嘉瑩(チエン・チャイン)は言う。他の国々で売春婦の権利擁護を訴える活動家も、この指摘に同調している。

 台湾で問題なのは、売春に関する法律が形骸化していることだ。COSWASによれば、売春はかつて数十年にわたって合法とされていたが、90年代からは社会秩序維持法の下で刑罰化されてきた。売春斡旋業者、仲介人、人身売買業者は刑法に基づき5年以下の禁固刑あるいは3300ドル以下の罰金が課せられる。

 しかし、買春客に対しては1つも罰則がない。つまりセックスを売ることは違法だが、買うことは合法なのだ。台湾の裁判所は09年、この状態に違憲判決を下し、来年11月までに改定するよう命じた。当局は売春の合法化に伴って、台北市内に合法の「セックスゾーン」を設けるか、売春婦5〜6人規模であれば市内のどこでも自営の売春宿を許可する方針をちらつかせてきた。

 女性の権利擁護派はどちらにも難色を示している。むしろ法律は最低でも現状維持、可能なら買春を違法化し、売春婦がその道から抜け出せるよう手を差し伸べるべきだと言う。「彼女たちに他の選択肢を与えなければ。彼女たちが、生計を立てるためには体を売ることもやむをえないと考えないように」と、財団法人励馨社会福利事業基金会の創設者である王ユエ好(ワン・ユエハオ)は言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドネシア、対米関税「ほぼゼロ」提案 貿易協議で

ビジネス

訂正-日経平均は小反落で寄り付く、米市場休場で手控

ワールド

ルラ大統領、再選へ立候補示唆 現職史上最高齢で健康

ワールド

米テキサス洪水死者78人に、子ども28人犠牲 トラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗」...意図的? 現場写真が「賢い」と話題に
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    コンプレックスだった「鼻」の整形手術を受けた女性…
  • 7
    「シベリアのイエス」に懲役12年の刑...辺境地帯で集…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    ギネスが大流行? エールとラガーの格差って? 知…
  • 10
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中