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東南アジア

ビルマ「インチキ選挙」は内戦の序章

軍事政権による弾圧を警戒する少数民族のゲリラ組織が連携しはじめた

2010年11月9日(火)17時25分
パトリック・ウィン

民主化は遠い 20年ぶりに行われた総選挙では軍事政権による不正が相次いだ Soe Zeya Tun-Reuters

 11月7日、ビルマで20年ぶりに行われた総選挙は、まったくの茶番劇。そもそも選挙と呼べる代物ではない。インド訪問中のバラク・オバマ米大統領は、「ビルマ政府が世界中の目の前で再び行った不正な選挙を受け入れることはできない」と、インド議会で語った。

 ビルマ国内で極秘に活動している選挙監視団によれば、軍事政権が推す連邦団結発展党(USDP)の候補者に印がつけられた投票用紙を手渡された国民が多数いたという。投票所のブースで有権者が誰に投票したかを軍事政権関係者が覗き見できるようになっていた、という村人の声もある。

 選挙監視のNGO、アジア自由選挙監視ネットワークによれば、ビルマ第2の都市マンダレーの一部では午前中に投票が締め切られた。すでに全員が投票を終えたため、というのが軍事政権側の言い分だという。

「冗談のような選挙だ」と、同ネットワークを率いるソムスリ・ハン・アヌンタスクは言う。「不正が幾重にも重なっている」

 AP通信によると、開票作業が続いていた8日、南東部の町ミャワディで少数民族カレン族の武装勢力と政府軍が武力衝突し、1万人を超える避難民が隣国タイに流入。武装勢力はミャワディの警察署と郵便局を乗っ取り、少なくとも10人が負傷したという。この武装勢力は選挙前に、軍事政権が自分たちの権利を剥奪するのなら、内戦も辞さないと警告していた。

番号が振られた投票用紙

 ビルマの軍事政権は1962年のクーデターで政権を握り、かつてイギリスの植民地だったこの国を恐怖と暴力で支配してきた。前回の総選挙が行われたのは1990年。アウン・サン・スー・チー率いる野党・国民民主連盟(NLD)が圧勝したが、軍事政権は選挙結果を認めず、NLDの候補者の多くを投獄した。6万5000人以上の少数民族出身のゲリラ兵士との戦いもいまだに続いている。

 今回の総選挙は、秘密のベールに覆われたビルマに変化をもたらすきっかけにならないと、アナリストらは口をそろえる。軍事政権は民政移管を実現する選挙だとアピールしていたが、実態は「選挙劇場」。当局は「予定通り」に投票が締め切られ、結果が発表されるだろうとしているが、元軍人の候補者が居並ぶUSDPの勝利は疑いようがない。

 ビルマ国内での選挙取材を阻まれた外国人ジャーナリストらは、候補者や極秘の選挙監視団から得た情報を共有するために監視センターを立ち上げた。首都ラングーン(ヤンゴン)に駐在するイギリス大使、アンドリュー・ヘインに言わせれば、有権者は「事前に定められたプロセスに沿って動いただけ」。「人々は(軍事政権が支持する)USDPに投票するよう脅されていると感じていた」と、ヘインは言う。

 投票用紙には番号が振られており、誰に投票したか追跡できるというのだ。「当局はどの地域が誰に投票したか把握できる」。実際、兵士らは野党の票や棄権票が多いエリアには不利益が生じると警告していた。

 反政府ゲリラの活動が活発な遠隔地では、選挙そのものがキャンセルされた。民主化推進団体アルトセアンによれば、全有権者の5%の人口を擁する2万4000の村で投票が禁じられたという。

 家族の1人が一家を代表して投票したり、村長が村全体を代表して投票することも認められていた。アジア自由選挙監視ネットワークのソムスリによれば、政府が道路や橋の建設を途中まで進めたうえで、「USDPの候補者が落選したら工事を続行しない」と迫ったケースもあったという。

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