体外受精という希望と遺棄される命
対外受精の先駆者ロバート・エドワーズのノーベル賞受賞で問われる進化した生殖医療の功罪
命の贈り物 体外受精児の双子を抱くルイーズ・ブラウン。左端はエドワーズ(03年7月) Lee Besford-Reuters
1978年7月25日に世界初の体外受精で誕生したルイーズ・ブラウンの名は耳にしたことがあっても、この体外受精を成功させたロバート・エドワーズの名は初耳だったかもしれない。体外受精の先駆者で英ケンブリッジ大学名誉教授のエドワーズは10月4日、ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった。ノーベル賞委員会は彼の功績を「現代医学の発展における画期的な一歩」だと評価した。
今では数多くの不妊カップルが専門の医療機関を訪れ、体外受精を試みる。一方では体外受精研究の成功によってさまざまな問題や議論が巻き起こっているのも事実。不妊治療では双子、三つ子などの多胎児が生まれることが多い。不妊の母親のため、あるいは子供がほしいゲイのカップルのため、代理母の子宮を借りて胎児を育てるケースもある。
不妊治療は独身女性、さらには「妊娠適齢期を過ぎた」独身女性までが自分の子供を持つことを可能にした。こうしたテーマは映画やドラマに使われ、常にポップカルチャーでも話題となっている。
子供を望んでも長い間その夢がかなわなかった親たちは今や、自然の摂理に逆らって生殖を操ることができる。体外受精によって胚(受精卵が細胞分裂を繰り返して形成する初期段階の形)を作り出し、着床前遺伝子診断の技術で性別を確定することで、カップルは生まれる子供の性別を選ぶことも可能になる。いわゆる「男女産み分け」だ。
最大の問題は余った胚の取り扱い
生殖医学の発展は、倫理的な問題も生んだ。生殖を成功させるために一度に複数の胚を子宮に戻すため、双子や三つ子、時には四つ子が生まれるケースがあまりに多いことは、長い間問題視されてきた。米カリフォルニアのナディア・スールマンが体外受精で8つ子を出産したのはごく例外的な出来事だったとはいえ、体外受精の安全性について人々に懸念を抱かせたことは間違いない。
治療にかかる費用も問題だ。生殖医療にかかる費用や保険が適用される範囲はさまざま。最先端の治療を受けられるカップルもいれば受けられないカップルもいるという状況は、公平だといえるだろうか。安い費用で不妊治療を受けるため、アメリカ人が外国に渡らなければいけない状況は、はたして正しいのだろうか。
エドワーズの成し遂げた体外受精で何より頭の痛い問題(そして政治色の濃い問題)は、治療後の余った胚をどうするか、という点だ。アメリカ国内では、今も約40万の胚がタンクの中で冷凍保存され、指示を受けて子宮に戻されるか、研究などに提供されるか、廃棄されるのを待っている。いずれの胚も、胎内にあれば「ヒト」と位置づけられる存在だ。
科学者たちは人間の胚から取り出した胚性幹細胞(ES細胞)を利用しようと研究を重ねている。さまざまな細胞に分化し、増殖能力を持つ万能細胞といわれるES細胞が、難病の解明に役立つだけでなく治療にも結びつくと考える研究者は多い。研究には不妊治療で余った胚が用いられることが多いが、こうした研究は道徳的に許されないという人々もいる。
ES細胞研究への助成をめぐっては、ここ数年で激しい議論が続いてきた。研究を推進しようとする米オバマ政権の政策に対し、8月にワシントンの連邦地裁が差し止めを命令するなど、今ではこの問題は法廷にまで持ち込まれるようになった。