最新記事

メディア

ネットに巣くう戦争ポルノの闇

2010年7月6日(火)15時08分
ジェシカ・ラミレス

 ユーザー投稿型ポルノサイトを運営していたクリス・ウィルソンの元には、イラクやアフガニスタンに駐留する米兵から有料コンテンツの利用申し込みが相次いでいたが、カード払いでの利用には問題があった。そこでウィルソンは戦闘の写真や動画と引き換えにポルノ映像を提供し始めた。

 初めて受け取ったものはどうということのない内容だったが、イラクでの戦闘が泥沼化した04年後半から残虐度は増した。頭部のない死体、飛び散った人間の腸や脳、切断された四肢とおぼしきものが写っていたこともあった。

 ウィルソンは05年10月、わいせつ物所持など軽罪300件と重罪1件を犯した容疑でフロリダ州ポーク郡検事局に起訴された。

「リアル」が隠す真の恐怖

 米国防総省もウィルソンのサイトの動画について調査したが、同省がウィルソンや米軍関係者を告発することはなかった(国防総省の方針に違反するのは「負傷または拘束された敵の身元が特定できる画像」を公開する行為だと、当局者はコメントしている)。

 裁判の結果、ウィルソンは懲役を免れたもののサイトは閉鎖された。理由は性的コンテンツではなく戦争ポルノにあったと、ウィルソンはみている。「自由の国では、好奇心を持つ成人にこうしたものを見てはならないと禁じる理由はない。見ても害はないはずだ」

 そうとは言い切れない。戦争ポルノは敵の戦闘員や民間人が攻撃される場面ばかりで、戦争の一方の当事者の視点でしか描かれていない。戦争の恐怖を見えなくするという問題もある。

「こうした動画の視聴者は大抵の場合、情報を得ることではなく娯楽を目的としている」と、国際政治学者でハイテク戦争に詳しいピーター・シンガーは言う。「兵士が『戦争ポルノ』という言葉で呼ぶのは、どこかでこれは正しくないと感じているからだ」

 米インディアナ大学のブライアント・ポール准教授(電気通信学)に言わせれば、爆発や死体をひたすら写した映像は戦争が持つ倫理的な複雑さを失っている。

 一例が、米兵がイラク人の死体を食べる犬を見て笑っている動画だ。「彼らの行動は戦争に対処しようという心理的メカニズムの表れかもしれない。普通でない状況を普通にしなければ生き残れないからだ」と、ポールは指摘する。「だが動画を視聴する人には、その事実が理解できない。だからこそ目にしているものの全体像を理解することもできない」

 それでもポールが言うように、戦争ポルノはイラク戦争とアフガニスタン戦争の特殊なバージョンとして永遠に生き続けるはずだ。このバージョンは敵を同じ人間として、生命を価値あるものとして見なさない。一部の米兵が引き金を引くことに感じる苦悩や痛みに目を向けることもない。

 どんなにリアルに見えても、戦争ポルノは本物の戦争を表現していない。震え上がるほどリアルな戦争の現実を。

[2010年6月16日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB、大きな衝撃なければ近く利下げ 物価予想通り

ワールド

プーチン氏がイラン大統領と電話会談、全ての当事者に

ビジネス

英利下げ視野も時期は明言できず=中銀次期副総裁

ビジネス

モルガンS、第1四半期利益が予想上回る 投資銀行業
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 2

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア黒海艦隊「主力不在」の実態

  • 3

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 4

    韓国の春に思うこと、セウォル号事故から10年

  • 5

    中国もトルコもUAEも......米経済制裁の効果で世界が…

  • 6

    【地図】【戦況解説】ウクライナ防衛の背骨を成し、…

  • 7

    訪中のショルツ独首相が語った「中国車への注文」

  • 8

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    「アイアンドーム」では足りなかった。イスラエルの…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 7

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    猫がニシキヘビに「食べられかけている」悪夢の光景.…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中