最新記事

中央アジア

キルギス「独裁による安定」の幻想

2010年6月14日(月)16時00分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

 きっかけは、バキエフがマナス空軍基地を閉鎖するとの条件付きでロシアから3億ドルの支援を受け取りながら、米軍に基地の使用期限延長を認めたこと。バキエフは、ロシアのウラジーミル・プーチン首相を敵に回した。

 「ロシアはキルギスの出来事とは無関係だ」。プーチンは4月7日の記者会見でそう語った。この言葉はおそらく真実だろう。ロシアがマナス空軍基地の閉鎖の実現に失敗したことを考えれば、キルギスに対するロシアのソフトパワーに限界があったことは明らかだ。

安定した民主主義国家へ

 プーチンは会見で、手負いのバキエフの傷に塩を塗り込むことを忘れなかった。「バキエフは数年前、前任者の縁故主義を激しく非難して大統領に就任したが、結局同じ失敗をしたようだ」

 とはいえ国際社会で最大のバキエフ批判派だったロシアが、その事実を利用して影響力を拡大する機会も限られている。

 昨年6月、マナス空軍基地の使用継続でキルギス政府と合意したアメリカは今や1年当たり6000万ドルの使用料を払っている(従来は1710万ドル)。合意の際には、経済発展や麻薬撲滅活動のためアメリカが1億1700万ドルを支援することも決定。キルギスの歳入の大部分を占める金額だ。

 臨時政府を率いるローザ・オトゥンバエワ元外相や野党指導者のテミル・サリエフがあからさまな反米姿勢に転じるとも考えにくい。アメリカ大使館は過去1年以上にわたり、サリエフやその支持者を拘束したキルギス当局を非難してきた。米政府系の放送局、自由欧州放送は今も大半のキルギス国民が最も信頼する情報源だ。

 今回のデモの直接の原因は極めて「ローカル」なものだった。バキエフ一族の支配下にあった公益企業による電気・暖房料金の大幅値上げへの抗議だ。

 だが、キルギスの教訓はグローバルな意味を持つ。バキエフは3月、議会でこう演説した。選挙や人権に基づく民主主義はキルギスに「もはやふさわしく」なく、代わりに「評議会制民主主義」を採用すべきではないか──。これを聞いた一般市民は民主主義の範囲が狭まれば汚職が増えると考え、抗議のため街頭へ繰り出した。

 新たな政権はバキエフが学ばなかった教訓を胸に刻むだろう。彼らならキルギスを、中央アジアで初の安定した民主主義国家に変えられるかもしれない。そしてアメリカは彼らに力を貸さなければならない。理念上の理由からも、現実主義的な理由からも。   

[2010年4月21日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米中貿易協議で大きな進展とベセント長官、12日に詳

ワールド

プーチン氏、15日にトルコで直接協議提案 ゼレンス

ビジネス

ECBは利下げ停止すべきとシュナーベル氏、インフレ

ビジネス

FRB、関税の影響が明確になるまで利下げにコミット
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王子との微笑ましい瞬間が拡散
  • 3
    「隠れ糖分」による「うつ」に要注意...男性が女性よりも気を付けなくてはならない理由とは?
  • 4
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 5
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 6
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノー…
  • 7
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 8
    ロシア艦船用レーダーシステム「ザスロン」に、ウク…
  • 9
    「股間に顔」BLACKPINKリサ、ノーパンツルックで妖艶…
  • 10
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 3
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 4
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 5
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 6
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノー…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 9
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 10
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中