最新記事

中国

「貧しい農村」という中国の時限爆弾

現指導部が退く2013年までに都市と農村の経済格差を是正できないと……

2010年5月10日(月)13時21分
メリンダ・リウ(北京支局長)

 北京から150キロも離れていないのに、ここ偏橋村と北京の高層ビル群との間には何光年もの隔たりがあるように感じる。

 万里の長城の麓に位置するこの村では、石とれんがでできた平屋の家で暮らす農民たちがトウモロコシや栗、アンズなどの換金作物を育てている。村人の生活は大昔の先祖たちと大して変わっていない。

 中国の胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席と温家宝(ウエン・チアパオ)首相の政策を評価する上で試金石となるのは、偏橋村のような土地だ。温もこの村を度々訪れて、本当の中国はきらびやかな都会以外にあることを忘れてはいけないという趣旨の発言をしている。

 農民の生活を改善すると約束して胡と温が政権に就いたのは、7年前のこと。以来、この2人の指導者は、中国西部の貧困の改善、農民に対する税の軽減、莫大な農業補助金の支給、農村の医療保険制度の導入、農家による土地賃貸の解禁などの施策を次々と打ってきた。

 しかし、まだ十分とは言えない。温は最近、農民こそ中国経済の「生命線」だと述べているが、農村部の1人当たり年間所得は都市部の3分の1にも満たない758ドル相当にとどまる。都市と農村の間の所得格差は、1978年に中国で市場経済型への改革が始まって以来最悪の水準に拡大した。

 都市部に移住して働いている農村出身者は、国の人口の約5分の1に相当する2億2500万人。彼らは、もともとの都市住人と同等の行政サービスを受けることが認められていない。中国の都市部では、そうしたいわば「二級市民」層が拡大している。

 農村の貧困層は、怒りを募らせ始めている。農村部では、腐敗した地方官僚や土地所有者に対する抗議活動が相次いで発生。政府への不満と反感が社会不安を生み出すのではないかという懸念も高まっている。

 格差問題に潜む危険性については、中国の体制内でも議論になっている。3月に開かれた全国人民代表大会(国会に相当)の開幕直前には、13の新聞が都市と農村の格差問題について、違例の率直な内容の共同社説を掲載した。

 共同社説は、都市に移り住んだ農村出身者の権利を制約する「戸口」と呼ばれる住民登録制度を改正すべきだと主張。「何十年にもわたる政府の誤った政策に、ここで終止符を打つべきだ」とまで言い切った。

経済発展持続の必須条件

 中国の検閲当局は、この共同社説に関する議論を直ちに禁止。執筆責任者は北京の経済紙「経済観察報」のウェブサイトから更迭され、ほかの共同執筆者も処罰を受けた。

 胡と温は、中国の農村住民の経済状況が世界経済の未来を左右することも分かっている。これまで中国は、アメリカなどの先進国に安価な工業製品を輸出することにより経済を発展させてきた。しかし世界経済危機でアメリカの消費者の購買力が落ち込んだため、輸出主導の経済のままでは現在の経済成長率を維持できなくなった。

 目下、中国に必要なのは、輸出への依存を減らすために国内消費を拡大すること。そこで、人口の半数以上を占める農村住民の消費を活性化したいと、中国政府は考えている。現在、貧しい農民たちは病気になった場合に備えて、乏しい収入のほとんどを貯蓄に回している。

 農民に金を使わせる狙いで、中国政府は4兆元(6000億ドル)相当の景気対策予算のかなりの割合を西部の農村部に投入。冷蔵庫やエアコン、コンピューターの農民向けの割引販売を奨励するために、メーカーへの助成金支給も打ち出した。

 数年前には、農村に医療保険制度を導入した。おかげで、医療費に対する農民の強迫観念的な不安感も和らぎ始めているという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 5

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 6

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中