最新記事

欧州

満たされたドイツの現状維持症候群

金融危機も無難に乗り切った優等生だが、ギリシャ支援など大国の役割には消極的。豊か過ぎる内向き国家とドイツ頼みのEUに未来はあるか

2010年4月15日(木)17時04分
シュテファン・タイル(ベルリン支局長)

欧州の新リーダー? ギリシャ危機で無力さを露呈したEUに代わり指導力を期待されるメルケルだが、国内の抵抗は半端じゃない Tobias Schwarz-Reuters

 債務にあえぐヨーロッパの国々をのみ込みつつある危機が、EU(欧州連合)内の深い亀裂をあらわにしている。特に欧州単一通貨ユーロ圏16カ国の間の溝は深刻だ。

 ギリシャが債務不履行に陥るのではないかという不安は、3月に入りスペインに飛び火し始めた。ギリシャよりはるかに大規模なスペイン経済は、20%に達する失業率、長引く不況、GDP(国内総生産)の約12%に達する財政赤字という悪循環に陥っている。

 ポルトガル、アイルランド、イタリアも似たような状況だ。フランスやドイツなどEUの裕福な国々は、苦しむ隣人たちに直接の金融支援をするつもりがない。

 先行きが見えず、財政危機がさらに広まるのではないかという不安から、ユーロはわずか3カ月の間に対ドルで10%値を下げている。アメリカの増大する財政赤字を考えれば、ドル自体が安定しているとはとても言えないのだが。

 最終的にはEUの安定そのものを揺るがしかねず、本物のリーダーシップが切に求められている。EU官僚は役に立たない。「EU憲法」のリスボン条約が09年12月にようやく発効して新しい体制が誕生したが、まだ新しい理念と方向性を示せずにいる。

 代わりにジョゼ・マヌエル・バローゾ欧州委員会委員長と初代EU大統領(欧州理事会常任議長)ヘルマン・ヴァンロンプイの間で新しい縄張り争いが生まれ、ヨーロッパのリーダーシップの空白を長引かせている。その役割をこなせるのは、国際的な合意を形成する能力のある強力な国家指導者しかいないことは明白だ。

 この危機的状況に注目を一身に集めているのが、アンゲラ・メルケル独首相。メルケルの評価が高まっているのはヨーロッパ最大の経済国を率いているからだけでなく、昨今の景気後退も(今のところ)雇用を大幅に減らすことなく耐えて、西側の主要国で財政赤字が最も少ないからでもある。

「変化と改革の回避」が公約

 冷静で現実的なメルケルは、対立関係をさばいて合意を打ち出す才能を実証してきた。現時点で彼女にかなう指導者はいない。ニコラ・サルコジ仏大統領は予測不可能で落ち着きがない。ゴードン・ブラウン英首相は事実上の「死に体」で、スペインのホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ首相は自国の危機でそれどころではない。

 最も重要なのは、ドイツ経済がEU域内の貿易とユーロの恩恵をどこよりも受けていることだ。EU経済が無傷のまま安定と繁栄を持続することは、ドイツにとって重大な国益に関わる。

 問題は、メルケルにもドイツにも、先頭に立とうという機運がほとんどないことだ。東西統一から20年、ドイツは満たされた内向き思考の大国となり、現状維持を何よりも大切にするようになった。

 メルケルは継続を約束することで第二次大戦以降のドイツで最も人気のある指導者となり、変化と改革の回避を公約して09年の総選挙で再び勝利した。しかしドイツの現状維持を脅かす問題は増えており、ギリシャの危機もその1つにすぎない。どれだけ外向きの積極的な対応が緊急に求められても、実験的な試みはしないことをドイツは信条にしてきた。

 一見すると、メルケルが深入りしようとしないのも無理はない。これまでEUがドイツに指導力を求めるときは決まって、ドイツに金を払わせるためだった。実際、ヘルムート・コール元首相はそのビジョンと小切手でヨーロッパの統一を後押しした。

 しかしメルケルの世代の指導者にとって、ヨーロッパの統一はもはや戦争と平和の問題ではなく、20世紀の戦争の歴史から生まれた倫理的義務でもない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場・午前=S&P・ナスダックが日中最高値

ビジネス

米アルファベット、時価総額が初の3兆ドル突破

ワールド

トランプ氏、四半期企業決算見直し要請 SECに半年

ワールド

米中閣僚協議、TikTok巡り枠組み合意 首脳が1
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中