最新記事

イスラエル

イランの天敵はモサドの鬼長官

2010年2月8日(月)16時38分
ロネン・ベルグマン(ジャーナリスト)

 ダガンがイランにこだわり過ぎたせいで、もっと身近な脅威への備えがおろそかになっていると、彼らは主張する。「なぜイランのほうがシリアより危険なのか。シリアはイスラエルとの国境に巨大な兵力を配置しているし、わが国を破壊できる化学兵器もある」と、軍情報部のある士官は言う。

 イスラエルの戦略担当者の一部には、シリアのバシャル・アサド大統領にイランとの関係を断たせるためにも、対シリア工作にもっと力を入れるべきだという意見がある。しかしダガンは、イランがシリアの主要同盟国である限り、アサド政権との交渉は時間の無駄でしかないと主張している。

 この男の攻撃的な性格は、幼い頃に経験した苦難の反動かもしれない。ダガンは1945年、シベリアからポーランドへ向かう貨車の中で生まれた。5歳のときに家族と共にイスラエルへ向かったが、一家を乗せた船が嵐に遭い、危うく沈みかけた。救命胴衣を着たダガン少年は、船のデッキで死を覚悟したという。

 イスラエルに移住後、ダガンは高校を中退して軍の精鋭特殊部隊サエレット・マトカルに入ろうとした。だが、このときは入隊の希望はかなわず、機甲部隊に配属となり、祖国滅亡の危機を強く意識するようになった。「われわれはいきなり、一連の戦争の真っただ中に投げ込まれた」と、ダガンは99年に振り返っている。

内にも外にも敵をつくる

 70年、南方軍の司令官だったシャロンは、当時25歳のダガンをイスラエル占領下のガザ地区で作戦を行う特殊部隊サエレット・リモンの指揮官に抜擢した。イスラエル国内の報道によると、ダガンと数人の部下はパレスチナ人に扮装して漁船でガザに入り、遭遇したパレスチナ解放機構(PLO)の戦闘員を皆殺しにしたという。

 この部隊の型破りな作戦行動の効果もあって、イスラエル国内のテロ事件は大きく減ったが、後になって彼らの残虐行為が問題になった。例えばパレスチナ人を背中から撃った後で、逃げようとしたので仕方なく発砲したと言い繕ったという告発もあった。それでも、ダガン自身が告発されることはなかった。

 99年、ダガンはイディオト・アハロノト紙の取材に対し、「女性や子供を殺しても許されるなどと考えたことは1度もなかった」と弁明したが、こう付け加えるのも忘れなかった。「当時の発砲命令は今と違っていた。あの頃は(行動の)制限があまりなかった」

 一方、当時のモサドは絶頂期にあった。冷戦時代のアメリカのスパイは彼らの協力が必要不可欠だった。70年代前半にパレスチナ人テロ組織が最大の敵になると、モサドは手際のいい暗殺作戦で勇名をとどろかせた。ミュンヘン五輪に参加したイスラエル代表選手が殺された「黒い9月」事件の犯人を処刑したのもモサドの工作員だ。

 だが80〜90年代、イスラエル占領下のパレスチナで暴力事件が頻発するようになると、モサドの影響力は低下していった(占領地の治安維持は軍と国内治安機関シンベトの担当)。

 97年、モサドはヨルダンの首都アンマンでハマスの政治部門最高指導者ハレド・メシャルを毒殺しようとして失敗。当時の長官が責任を問われて辞任した。それ以降、モサドはリスクの高い作戦を避けるようになり、欧米のスパイから「役に立つ情報が減った」という不満が出始めた。モサドの予算額は国家機密だが、財務省の情報筋によると、この時期は予算を25%ほど削減されていたという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

メラニア夫人、プーチン氏に書簡 子ども連れ去りに言

ワールド

米ロ首脳、ウクライナ安全保証を協議と伊首相 NAT

ワールド

ウクライナ支援とロシアへの圧力継続、欧州首脳が共同

ワールド

ウクライナ大統領18日訪米へ、うまくいけばプーチン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 5
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 6
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 7
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 10
    「デカすぎる」「手のひらの半分以上...」新居で妊婦…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 10
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中