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イラク侵攻の根拠は運転手の噂話か

ブレア前首相が開戦の根拠にした大量破壊兵器は、冗談のような捏造だった可能性が強い

2009年12月10日(木)18時11分
マーク・ホーゼンボール(ワシントン支局)

ウソの盟友? イラク侵攻で強力にブッシュ(右)を支持したブレアは、本当は何を知っていたのか(イラクが主権を回復した04年6月28日のNATO首脳会議で) Larry Downing-Reuters

 悪い冗談のようだが、これは事実かもしれない。イラク戦争前夜、イギリス政府はイラクの大量破壊兵器に関してセンセーショナルな主張を行った。その根拠が、イラクのタクシー運転手が2年も前に小耳にはさんだ乗客同士の会話だった可能性がある、というのだ。

 最近の論文でそれを指摘したのは、イギリス下院のアダム・ホロウェー議員(保守党)。この論文はイラク戦争前のイギリス政府の情報源に新たな疑問を投げかけている。折りしもイギリスでは、公式の独立調査委員会がブレア前政権がイラク戦争に参戦した経緯について検証を進めている最中だ。

 イギリス政府はトニー・ブレア首相がアメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領(肩書きはどちらも当時)と会談したあとの2002年9月下旬、イラクが生物・化学兵器を保有しており、「命令から45分以内に」配備可能であるとする「証拠文書」を公表した。

 ブレアは序文で、この文書は機密情報に基づいており、イラクのサダム・フセイン大統領(当時)は「イギリスの国益に対する現在進行形の深刻な脅威」であることを示していると述べていた。

 この証拠文書が発表されると、イギリスで最大の発行部数を誇る日刊紙「サン」には、「イギリスの破滅まで45分」という見出しが躍った。

フセインのはったりだったかも

 だがホロウェーによれば、この「45分配備可能説」は最初から疑ってかかるべきものだった。彼の論文によれば、この情報は「2年も前に後部座席の客が話しているのを聞いた覚えがあるという、イラク・ヨルダン国境の亡命タクシー運転手からもたらされた」ものだった。

 ホロウェーによれば、ブレアの証拠文書のもとになった情報機関の報告には脚注がついていた。脚注のなかで情報分析官は、イラクのミサイルの即戦力に関すると思われる部分について「明らかに真実でない」と「警告した」という。

 つまり45分うんぬんの話はたぶん嘘だったのだとホロウェーは主張する。彼が入手した情報によれば、問題のミサイル自体が存在していなかった。「脚注はそのことをはっきり物語っている」

 そして論文はこう続く。「実のところ、情報関係者もフセインが大量破壊兵器を保有しているかどうか知らなかった。イランに対してフセインがもっともらしい脅威であり続けようとして、はったりをかましていた可能性も同じくらいある」

 ホロウェーは、ある情報機関の高官から聞いた話としてこうも述べている。「(イギリス)政府はそのことに耳を傾けようとしなかった」

黙殺された侵攻直前の「情報」

 03年3月のイラク侵攻の後、アメリカ政府が行なった大規模な調査により、イラクには45分以内に配備可能どころか、大量破壊兵器そのものがほとんどなかったことが判明した。アメリカの調査団は最終的に、フセインは国際社会の圧力の下、何年も前に大量破壊兵器を解体していたと結論付けた。

 02年9月の証拠文書の作成に深く関わった情報関係者の1人、ジョン・スカーレット秘密情報部(SIS)前長官は12月8日、独立調査委員会で証言を行なった。そして証拠文書で45分以内に配備可能とされたのが「兵器」ではなく「弾薬」なら、情報関係者もより納得できただろうと述べたという。

 またスカーレットによれば、イラク侵攻の2週間ほど前、イラクにおける使用可能な大量破壊兵器の存在に大きな疑問を投げかける報告が届いていた。

 まず03年3月7日に届いた報告では、イラクにはイスラエルまで到達するようなミサイルはなく、化学兵器弾頭や生物兵器弾頭を搭載したミサイルもないと指摘されていた。

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