最新記事

音楽

復活ビートルズ、リマスター盤の真価

全アルバムの完全盤がついに発売。iPodの時代に、新作でもないCDに全世界のファンが熱狂する理由

2009年10月20日(火)14時51分
アンドルー・ロマーノ

輝きは不変 『エド・サリバン・ショー』で演奏するビートルズ(1964年2月) ©CBS Photo Archive/Getty Images

 1963年11月22日はジョン・F・ケネディ米大統領が暗殺された日だと、多くの人々が記憶している。だがこの日は、もう1つの意味で歴史の転換点だった。ケネディがダラスで凶弾に倒れたその日、大西洋を隔てたイギリスで、ビートルズというポップ音楽グループがその後アメリカで成功するきっかけとなるアルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』が発売されたのだ。

 約2カ月後、ビートルズの4人はアメリカに降り立った。そして、『エド・サリバン・ショー』やラジオを通じて流れるそのサウンドが、アメリカ国民を悲しみから目覚めさせた。

 ビートルズは史上最高のバンドだと盛り上がるファンは、たいてい2、3の点を褒めまくる。その歌、歌唱力、そしてスタイルだ(あのちょっと奇妙な髪形もそうかもしれない)。だがビートルズのあふれる才能のなかでも特別だったのは、おそらく時代を読むそのセンスだ。

『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の録音は66年11月に始まっていたが、このレコードが店頭に並んだのは67年6月1日。この日は偶然にも、アメリカ最大のヒッピームーブメント「サマー・オブ・ラブ」が始まった日でもあった。

 彼らが最後に録音したアルバム『アビイ・ロード』が発売されたのは69年9月。ウッドストック・フェスティバルが開催された約1カ月後であり、刺殺事件の起きたローリング・ストーンズのアルタモント・フリー・コンサートの約2カ月前だった。60年代が幕を閉じる、まさにその瞬間だ。

 ビートルズがほかのバンドとはまったく違う形で期待され、熱狂を呼び、文化を変えたバンドであり、これからもそうあり続けるという見方は誇張ではない。だがあの時代なしにビートルズは存在しなかったし、ビートルズなしのあの時代というのもあり得なかった。このタイミングこそが、彼らを特別なものにしている。

 9月9日に発売された全オリジナルアルバムのデジタルリマスター盤がピンぼけなのは、このためだ。時代とシンクロする、というポイントが完璧に抜け落ちている。確かに音質はいいかもしれないが、音楽をCDで聴くという行為はどうにも90年代っぽい。

大枚をはたく価値は?

 米市場調査会社NPDグループの音楽調査部門が先月行った調査によると、市場におけるデジタル音楽のシェアは現在35%に達している。07年の2倍だ。この勢いなら、MP3の売り上げは来年末までにCDを追い越すだろう。楽曲をiTunesで販売することを拒んでレコードやCDにこだわることは、「時代遅れ」(ビートルズがこれまで何とか貼られるのを避けてきたレッテルだ)なだけでは済まされない。

 それでもリマスター盤がバカ売れすることは確実だろう。言うまでもなく、ビートルズは今も格別の存在だ。最高の音楽が最高に愛されていたあの時代から聞こえてくる彼らの作品は、テクニック、革新性、緊張感そして情熱が生んだ奇跡といっていい。いま聴いても、録音した当時と同じくらい新しく、スリルがある。

 鼻にかかった声で恋人の心変わりを責める「アンナ」、突き刺すような12弦ギターの「ユー・キャント・ドゥ・ザット」、意味ありげなバックコーラスが付いた「ガール」、滑らかなドラムワークの「フィクシング・ア・ホール」、壮大なオルガンによる「ロング・ロング・ロング」、ホラーっぽい歌詞の「マックスウェルズ・シルバー・ハンマー」──どの曲もすべて、いつ聴いてもまったく輝きを失わない。ビートルズの音楽は、いつだってカネを払って聴く価値がある。

 とはいうものの、私たちの多くは既にビートルズのCDを購入済みだ。87年にCD化されて以来、ビートルズのアルバムは数千万枚を売り上げている。それでも、デジタルリマスター盤の音質がこれまでよりはるかに向上していることは大きな魅力に違いない。

 80年代半ばの再録音技術は未熟だったため、アビイ・ロード・スタジオ(ロンドン)の技術者たちはアナログ盤の音をそのままCDに復元することができなかった。ほかの人気グループが技術の進歩に合わせ数年ごとにリマスター盤を発売しても、ビートルズはずっとその流れに逆らってきた。

 CDの音質をこれ以上見過ごすことができなくなった技術者たちが、一曲一曲の技術的なミスを最小化する作業を始めたのは04年。パチパチという電気音やボーカルのポップノイズ、編集上の不具合などを修正し、音域をさらに広げる一方で、ディテールに磨きをかけた。

 今回発売されたリマスター盤をちゃんとしたステレオセットで再生すれば、これらの成果はすぐに分かる。例えて言うなら一連の作業は、バチカンのシスティナ礼拝堂の汚れを一枚一枚剥がしていったようなものだ。リマスター盤では外部の余計な音をすべて取り除いたり、全体的に音量を膨らませたり、曲を編集し直すという作業をあえてやらなかった。その結果、録音当時に本来響いていたであろう音を再現することができた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国、レアアース輸出ライセンス合理化に取り組んでい

ビジネス

英中銀、プライベート市場のストレステスト開始へ

ワールド

ウクライナ南部に夜間攻撃、数万人が電力・暖房なしの

ビジネス

中国の主要国有銀、元上昇を緩やかにするためドル買い
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中