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復活ビートルズ、リマスター盤の真価

2009年10月20日(火)14時51分
アンドルー・ロマーノ

ポールも称賛する音質

「ミズリー」のピアノには、輝きと響きが加わった。以前は聞き取れなかった「消えた恋」の3番にあるハーモニーが姿を現した。「タックスマン」のギターソロは以前に増して激しく響く。「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のエンディングにあるピアノ音(3台のピアノを使って、8つの手が奏でるEコード)は、ビートルズが本来意図したようなまとまりのある響きになった。低音は、すべての曲で87年のオリジナルに比べて温かくかつクリアに。歌声もより歯切れよくなり、存在感を増した。

 ポール・マッカートニー自身がリマスター盤について、「レコードの録音中、スピーカーから聞こえた音に近い。スタジオの中に戻ったみたいだ」と語っている。またモノラル音源のアルバムセットのおかげで、ほとんどのLPでビートルズ自身がベストと考えたバージョンを入手できることになった。新曲ではないにせよ、新しい何かが発売され、われわれはそれを買うことができるのだ。

 正直に言えば、音質をものすごく気にするのはオーディオ愛好家か熱狂的マニアくらい。リマスター盤を購入する人のほとんどは、古いバージョンに特に不満足というわけではないが、自分のCDコレクションをアップデートするために数百ドルを差し出す普通のファンである。

 彼らはなぜ買うのか。リマスター盤はMP3の台頭とともに廃れてしまったポップ音楽の楽しみ方を再び体験できる、おそらく最後の機会だからだ。

「文化を共有する」感覚

 私がビートルズに熱を上げ始めたのは80年代後半だった。学校から急いで帰り、『プリーズ・プリーズ・ミー』のカセットテープをラジカセに入れ、座り込んで「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」が「ミズリー」「チェインズ」「アスク・ミー・ホワイ」へと続き、最後に強烈なシャウトで終わる「ツイスト・アンド・シャウト」につながるまでを聴きながらうっとりしたものだ。今となっては、iPodをシャッフルモードにして地下鉄へと下りつつ、たまにビートルズの曲がかかればニヤリとするだけだが。

 インターネットのおかげでより多くの人が、より多くの音楽に、より簡単にアクセスできるようになり、音楽業界の力関係はレコード会社からファンにシフトチェンジしてきた。だが、失われたものもある。リマスター盤が与えてくれるのは、音楽と過ごす魅惑的な時間だけではない。ターンテーブルやラジカセ、CDウォークマンの時代へのタイムスリップだ。

 おなじみの歌が素晴らしく生まれ変わったと知って、皆があたかも新曲が発売されたかのように、数年ぶりに、必死になって聴く。長い間忘れ去られていたどんな些細な部分も聞き逃すまいと、早送りボタンには触れず自然にエンディングが訪れるまで聴く。

 シャッフルしないで正しい曲順を守れば、アルバムの構成が何を意味するのか分かるだろう。そしてLP盤一枚一枚が1つの完結した「声明」であると気付き、他のLP盤との関係性も考えるようになる。ニッチ化されたこの世界が再び1つになって、自分と同じ歌を聴いているかのような錯覚に陥る──これは妄想かもしれないが。

 批評家のなかには、ビートルズのリマスター盤が発売されることを「CD時代の最後のあがきだ」と評する声もある。この視点はまったく正しい。だがリマスター盤の発売日に人々が買い求めたのはCDではない。つかの間ではあるが、肥大化し続ける世界が再び昔の快適なサイズに戻ったという、その感覚なのだ。

 不確実な時代において、文化を共有しているという感覚はレコード店で数ドル出して買うだけの価値がある。そのために、iPodの電源をいったん切らなければならないとしても。

[2009年9月23日号掲載]

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