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ビルマで泳いだ男の数奇な人生

2009年8月17日(月)15時42分
トニー・ダコプル

家族も理解できない心の闇

 人騒がせな夢見る男は、ミズーリ州の森林の砂利道を3キロ近く入ったところに住んでいる。昨年の春までパスポートも持っていなかった。国際政治の舞台に登場した予期せぬ主役だ。

 ビルマの軍事政権は、反政府活動家が政権を動揺させるためにイエッタウを利用したと思っている。スー・チーの支持者に言わせれば、騎士気取りのアメリカ人を口実に政府はスー・チーの自宅軟禁を引き延ばそうとしている。彼女の解放で、20年ぶりに行われる来年の総選挙に向けて野党が勢いづくのを恐れているというわけだ。

 イエッタウの友人と家族の話は異なる。彼らは、イエッタウは善意の人で宗教的傾向が強く、アルコール依存症と精神疾患が道を誤らせたのかもしれないと語る。

「彼は病気だと思う」と、イエッタウの3番目の妻イボンヌは言う。彼女たち近しい人々は、彼が躁鬱病と心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんでいるせいだろうとみている。

 現在の4番目の妻ベティは、夫は神に命じられたと信じている。しかし同時に、夫はトラウマから立ち直ることについて本を執筆中で、スー・チーに取材をしたかったのだとも語る。

 イボンヌは、ビルマへの旅は仕事だったと言う。元夫はスー・チーとの共著があると聞かされていた(事実ではない)。

 イエッタウの親友(家族の複雑な立場を理由に匿名を希望)によれば、彼はビルマ(と中国)の国家機密を知ったから行動を起こさざるを得なかった。「それが彼らに知れたら殺されるだろう」

 息子のブライアンと娘のカーリー(20)は、父親は神のお告げに従い、スー・チーに命が危ないことを知らせに行ったと語る。これは、「テロリスト」がスー・チーを暗殺して政府のせいにしようとしていたというイエッタウの証言とほぼ一致する。

 イエッタウはその人生も謎めいている。奇抜な振る舞いと不可解な説明を重ねた結果、周囲は彼を寛大だが不安定な男として、ありのまま受け入れるようになった。家族が聞かされた生い立ちは次のとおりだ(ただし、出生地と軍歴以外はほとんど証明できない)。

 イエッタウは1955年にデトロイトの公営住宅で男女の双子として生まれた。5人きょうだいのうち成人したのは彼ら双子だけだった(姉は水泳中に事故死。兄は精神科病院で自殺。もう1人の姉は重度の障害児で施設で死亡)。

 7歳か8歳のとき、ボランティアの「大きいお兄さん」に性的ないたずらをされた。その後、母親は飲酒のためイエッタウの親権を失った。

 カリフォルニアの親類と暮らすことになったが16歳で家出。73年に陸軍に入隊できる年齢になるまで、車の中で暮らした。

 ベトナム戦争中にアジアのどこかで従軍していたと、家族は思っている。そのときのせいでPTSDの発作に襲われると、本人が話していた。しかし軍の国立人事記録センターによると、1年余りの在籍中にドイツに10カ月いた後、74年に除隊している。

息子の死が大きな転機に

 イボンヌによれば、帰国後イエッタウは20歳で結婚し、2年後に離婚した。20代半ばに別の女性と再婚するが、7年後に再び離婚。30代前半にモルモン教に改宗し、その頃参加したモルモン教会の独身者パーティーでイボンヌと出会い、結婚した(イボンヌは彼の7人の子供のうち6人の母親だ)。

 この時期、イエッタウは初めての「お告げ」を経験した。2歳のときに生き別れた父親がミズーリ州のファルコンという町で暮らしているという夢を見たのだ。父親は本当にその町に住んでいた。イエッタウは家族を連れて父親のそばに移り住んだ。

 ようやく幸せを手にできたかに思えたが、長くは続かなかった。この後数年の間に次々と不幸が降り掛かり、イエッタウの人生は奇妙な方向に転がり始める。

 家が火事になり、イボンヌとも離婚。イエッタウは自宅の敷地に移動式住宅を持ち込んで、そこで寝泊まりするようになった。さび付いた衛星放送アンテナに、故障して動かなくなった自動車2台、遺棄されたトラック2台など、廃品を庭にため込み、自宅をゴミ屋敷にしてしまった。

 この頃、粗暴な行動も目立つようになる。バーで男とけんかをしたり、言い争いになった女性の顔につばを吐いて警察沙汰になったこともあった。

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