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マクロスコープ:ディープシーク衝撃から半年、専門家に聞くAI業界の現在地(上)

2025年08月01日(金)11時19分

 8月1日、中国の新興企業ディープシークが1月に高性能な生成AIモデルを公表し、世界に衝撃を与えてから半年が経過した。写真はスマートフォンに表示されたディープシークのロゴとAIの文字と手のイメージ。1月撮影(2025年 ロイター/Dado Ruvic)

Yusuke Ogawa

[東京 1日 ロイター] - 中国の新興企業ディープシークが1月に高性能な生成AIモデルを公表し、世界に衝撃を与えてから半年が経過した。当時、米国のハイテク株は急落し「AIバブルの崩壊」と言われたが、いつしか市場の懸念は消え、足元の株価は好調に推移する。

変化の激しいAI業界でいま何が起こり、今後どのような展開が予想されるのか。日本発のAIスタートアップ、サカナAIの伊藤錬最高執行責任者(COO)に話を聞いた。

――ディープシーク・ショックをどう総括しているか。

ショックの本質は、新規参入者が先行企業と同等の成果を、短期間で達成できることを証明した点にある。一部の巨大企業がAI市場を総取りするとまだ決まったわけではなく、「ゲーム・イズ・ノット・オーバー」であることが明らかになった。また、こうした革新が、米国による先端半導体の輸出規制といった制約の中で、中国企業から生まれたことも興味深い。イノベーション(技術革新)は不便なところから起きるという経営学の教科書的な事例といえよう。

――一時大幅下落した米ナスダック市場は、ここにきて最高値を連日更新している。

先行しているITジャイアントの独占・寡占が揺らいだとはいえ、AI業界全体として見れば、さまざまな分野で使用事例が増え市場規模は広がっている。間違いなく業界は、バブルの崩壊とは逆の方向に行く。(ディープシークへの懸念が後退したのは)単に性能が良いだけでは駄目で、信頼されるモデルでなければ顧客に使ってもらえないからではないか。

――たしかに中国発のディープシークの利用を制限する国や企業が相次いだ。経済安全保障の観点から、日本は自国開発の大規模言語モデル(LLM)を育成すべきか。

同ショックによってモデル開発における少数支配体制が崩れ、日本を含めて各国の企業が上位に入れる可能性が出てきたのだからやるべきだろう。海外の企業に依存することなく、自国のAIを持てるようになれば「デジタル赤字」を抑制できる。また、システムを強制的に停止させる「キルスイッチ」の回避につながる。海外の企業に過度に頼る状態では、何らかの理由でシステムから遮断された際の代替手段がない。こうしたリスクを低減させるために、日本としては、自国で開発したモデルを実際に他国に利用してもらうことも重要となる。

――米中対立をはじめ国際情勢の緊張が高まる中、サカナAIの今後の成長戦略は。

当社は汎用ではなく特定分野向けのモデル開発を目指しており、第一弾として金融業界との連携を開始し、融資の稟議(りんぎ)書の作成支援などを通じて業務効率化に貢献している。国産AIなので、次は防衛分野に注目している。SNSを使った国際的な情報戦・認知戦が活発化する中、複数のインフルエンサーの投稿をAIで分析し、彼らの関係をひも解くことで、作戦の全体像を把握できるのではないか。それと、ドローンにAIを搭載させることを検討している。ジャミング(電波妨害)によって通信が困難な環境でもドローンが自動で偵察できるようにしたい。(聞き手・小川悠介)

いとう・れん 2001年東大法卒、外務省入省。15年メルカリ執行役員。英スタビリティーAIのCOOなどを経て、23年に米グーグル出身のライオン・ジョーンズ氏、デビッド・ハ氏と共にサカナAIを創業した。

<ディープシーク・ショックとは>

1月下旬に中国の新興企業ディープシークが発表した生成AIモデル「R1」が、オープンAIの最新モデルに匹敵する性能だったことから世界中に衝撃が広がった。従来に比べて大幅に低いコストで開発したとされ、AIの価格破壊が進むとの見方から米国の関連企業の株価が急落。エヌビディアは1営業日で約5900億ドルの時価総額を失った。中国の技術力が再評価され、米国のAI覇権に対する懸念が高まった。

ロイター
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