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マクロスコープ:ディープシーク衝撃から半年、専門家に聞くAI業界の現在地(下)

2025年08月01日(金)11時25分

 8月1日、中国の新興企業ディープシークが1月に高性能な生成AIモデルを公表し、世界に衝撃を与えてから半年が経過した。写真はディープシークのアプリ画面のイメージ。1月撮影(2025年 ロイター/Dado Ruvic)

Yusuke Ogawa

[東京 1日 ロイター] - 中国の新興企業ディープシークが1月に高性能な生成AIモデルを公表し、世界に衝撃を与えてから半年が経過した。当時、米国のハイテク株は急落し「AIバブルの崩壊」と言われたが、いつしか市場の懸念は消え、足元の株価は好調に推移する。

変化の激しいAI業界でいま何が起こり、今後どのような展開が予想されるのか。ソフトバンクグループ傘下のAI特化型ベンチャーキャピタル、ディープコア社長の仁木勝雅氏と同社アドバイザーでAI研究者の川村秀憲氏(北海道大教授)に話を聞いた。

――ディープシークが公表した生成AIモデルは画期的だったのか。

川村氏  私は最初から「なぜそんなに世間は大騒ぎするのか」と不思議だった。AIに数学の問題をたくさん解かせることで、論理的に物事を予測する「推論能力」を鍛えるというアイデアはよくある話だ。確かに彼らは優れた仕事をしたが、AIの正統な技術進歩の流れに乗っただけで、革新的なものが生まれたわけではない。低コストで開発したとされるが、正確にいくらかかったのかはよく分からない。当時報じられた投資額は、開発に用いた画像処理半導体(GPU)の費用が正しく反映されていないように見える。外部に技術情報を公開する「オープンソース戦略」にしても、すでに他社が手がけている取り組みだ。結局のところ、一部投資家の空売りの口実に使われたのかもしれない。

仁木氏  AIの需要自体は非常に堅調で、私の周りでも検索エンジンを使わずに生成AIを使う人が増えている。ただ、性能の高い大規模言語モデル(LLM)を出せば、皆が使うかというとそう簡単な話ではない。いかにプロダクトに落とし込むかが重要だ。ビジネス的な観点でいえば、社会実装においては(ディープシークに比べ)オープンAIやアンソロピックといった米国の既存プレイヤーが優位性を保った。それが現在の株価の復調に表れているのだろう。

――ディープシーク・ショックと同じ時期に第2次トランプ政権が発足した。米中対立の激化はAIの進化にどのような影響を与えるか。

川村氏  研究開発の面では、最新の論文がネット上で公開されるため、両国が完全にデカップリング(分断)して独自進化することはありえない。互いに最新情報を参考にしながら進歩していく流れは変わらないだろう。(第三極として日本が独自にLLMを作るべきだとの意見もあるが)汎用的な大型AIは、予算規模や研究者数を考えても現実的ではない。特定領域に適用する小型AIで存在感を出すべきだ。例えば、ゲームの中のキャラクターを動かすAIなどに商機があるのではないか。

――AIを取り巻く環境が変わる中、ディープコアの投資戦略は。

仁木氏  われわれはエンターテインメント分野と、大量の専門的な情報を扱う法律・会計分野、そして省人化のニーズが高い製造業・物流分野を投資先として注目している。国内の労働人口の減少に伴い、AIを搭載したロボットなどを産業現場に導入する動きは今後広がっていく。一方、東京証券取引所が新興企業向けのグロース市場を巡り、上場維持基準の厳格化を決めたことは少し気がかりだ。市場の健全化としては良いことだが、新規株式公開(IPO)の件数は一時的に減る可能性があるだろう。未上場株のセカンダリー市場や、大企業によるM&A(合併・買収)の活発化に期待したい。(聞き手・小川悠介)

にき・かつまさ 1991年神戸大経済卒。英通信会社C&W日本法人を経て、2005年にソフトバンク入社。グループの投資部門責任者として、国内外のM&Aおよび投資案件を担当した。17年から現職。

かわむら・ひでのり 2000年北大大学院博士後期課程修了。同大学助手、准教授を経て16年から現職。

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