最新記事

フランス

サルコジ流中東外交の賭け

湾岸の金満産油国との連携でビジネスと政治的影響力の拡大をめざす

2009年5月22日(金)16時32分
クリストファー・ディッキー(パリ支局長兼中東総局長)、トレーシー・マクニコル(パリ支局)

2月11日、バーレーンを訪れたフランスのサルコジ大統領 Reuters

不動産税の改正に、国際政治上の思惑がここまで色濃く反映された例も珍しい。今年、フランス議会を通過した法案の目的は、パリ中心部で豪邸を買いあさるカタールの首長一族のために特別の税控除を創設することだった。

 法案の付属文書はフランスとカタールの「きわめて強力」で「特権的な」関係を強調。「カタールの人々がアメリカだけに依存するのではなく、同盟関係を多様化することへの希望」を表明した。

 以前にどこかで聞いたことがあるようなせりふだ。フランスのニコラ・サルコジ大統領はヨーロッパきってのアメリカの友人を自任しているが、豊かなペルシャ湾岸産油国に対するこの種の配慮は、ジャック・シラク前大統領を思わせる。シラクはアメリカの「強大な力」に立ち向かい、フランスを「もう一人の後見人候補」として湾岸産油国に売り込んだ。

 湾岸諸国との大規模な商談をまとめようとする現政権の動きにも、シラク臭が感じられる。サルコジは世界経済危機の今も豊富な資金をもつ湾岸諸国に、エアバスの旅客機や戦闘機、原子力発電所をなりふりかまわず売り込んでいる。

 ただし少なくとも一つ、前任者とは重大な違いがある。シラクはイラク侵攻に反対して米政府と外交的に対立したが、サルコジのねらいはアメリカの中東政策を補完することにある。

 核開発を進めるイランに対しては、米政府と密接に協力して孤立化戦略を後押しした。軟化の兆しを見せるシリアのバシャル・アサド大統領に対しては、関係改善交渉の先導役を務めた。

 今年1月には、エジプトのホスニ・ムバラク大統領とともに、パレスチナ自治区ガザの停戦案を取りまとめた。さらにフランスがアラブ首長国連邦のアブダビに建設中の軍事施設が完成すれば、アフガニスタンに展開するNATO(北大西洋条約機構)軍は作戦を進めやすくなる可能性がある。

 同時にサルコジは、フランスの通商上の利害を常に意識している。2月には、フランス大統領として初めてバグダッドを訪問した。現地の治安状況改善が進んでいる今、バグダッド空港の修復工事など、莫大な利益が見込める大型プロジェクトの受注をめざしている。

カタールとの二人三脚

 こうしたフランスの動きに米政府は必ずしも反対ではない。アメリカでもブッシュ政権の末期には、他国に命令するだけではなく、同盟国と協調していく必要があるという認識が広がっていた。オバマ政権の内部でも、同盟国との間で戦略的協調関係を維持できるのであれば、通商や政治の分野で一定の競合関係が生じる事態も許容すべきだという意見が多い。

 伝統的にアメリカは、湾岸諸国の盟主というべきサウジアラビアのサウド王家ときわめて密接な関係を維持してきた。一方、フランスは数十年間、カタールの首長一族との関係強化を進めてきた。

 両国の絆がとくに強まったのは、ハマド・ビン・ハリファ・アル・サーニ現首長が即位した95年以降だ。カタールは豊富な天然ガス資源を背景に派手な「買い物」を繰り返し、軍の装備の80%をフランスから購入した。フランスは治安部隊の訓練にも協力している。

 フランスはさらに、有名なサン・シール陸軍士官学校の分校をカタールの首都ドーハに開設する予定だ。18世紀フランスの啓蒙思想家ボルテールの名を冠したリセ・フランセーズ(フランス式の教育を行う初等・中等学校)の開校準備も進めている。社会改革や性に関するボルテールの思想と、カタールで主流を占めるイスラム教ワッハーブ派の厳格な教義はどうみても不似合いだが......。

 サルコジはカタールとの密接な関係のおかげで、大統領就任後すぐに外交的得点をあげることができた。エイズを広めたという虚偽の理由でリビアが身柄を拘束していたブルガリア人看護師らの解放に成功したことだ。  リビアの最高指導者ムアマル・カダフィ大佐は解放の条件として約4億6000万謖の「補償金」を要求。フランスとEU(欧州連合)は支払いを拒否したが、カタールが代わりに金を出し、看護師たちは解放された。

 フランスとカタールはその後、政治的危機が続いていたレバノンの各勢力をドーハに招き、合意の取りまとめに成功した。サルコジは2月の湾岸諸国訪問の際、こう振り返っている。「(レバノンには)大統領も政府も議会もなく、あるのは爆弾だけだった。それでも、われわれは問題解決のカギを見つけ出した」

気がかりなイランの影

 だが、ここへきて両国の蜜月関係に陰りが出てきたのかもしれない。サルコジの周辺には、カタールはイランに近づきすぎているのではないかと懸念する声もある。

 06年のイスラエル軍によるレバノン侵攻後、カタールはレバノン南部の復興のために多額の経済援助を行ったが、親イランのシーア派組織ヒズボラは、それを自分たちの手柄にしてしまった。さらにイスラエル軍のガザ攻撃が続いていた今年1月、カタールが開催した国際会議には、パレスチナの急進派組織ハマスやイランのマフムード・アハマディネジャド大統領など、最強硬派の反イスラエル勢力が参加していた。

 サルコジのある側近は、核問題をめぐりイランが欧米への報復に出る可能性が高まり、カタールは攻撃対象にされることを恐れていると指摘する。だからイランには抵抗したくないというわけだ。そのためサルコジの周辺では、湾岸諸国との関係をもっと多角化すべきだという意見が出てきた。

 実際、サルコジは2月の中東歴訪で、昨年も訪れたカタールとサウジアラビアではなくクウェート、オマーン、バーレーンを訪問先に選んだ。「この3カ国は伝統的にイギリスと関係が深く、アメリカの影響も強い。(しかし)われわれは自国のビジネスを守るために戦っていく」と、サルコジは記者団に語っている。

米政府とは対立より協調

 サルコジもベルナール・クシュネル仏外相も、全体的な中東戦略をはっきりとは口にしていないが、その手がかりとなりそうな近刊書がある。サルコジの2度の歴訪に同行した中東専門家ジル・ケペルの『テロと殉教を超えて』だ。

 ケペルはこの本の中でサルコジは平和外交や武器の売り込み、学校の設置以外にももっと目を向けるべきだと主張。「大中東圏」の真の安定のためには、外交を得意とするヨーロッパと資金力豊富な湾岸諸国、人口が急増中の地中海南部・東部諸国との幅広い経済的統合が欠かせないと指摘している。

 実に壮大なビジョンだが、素晴らしい構想が無数の細かい問題に足を引っ張られる可能性もある。たとえば、パリ中心部のサンルイ島にある壮麗なランベール邸の改修問題。ここにはかつてボルテールも住んでいたことがあり、「やがて哲学者となる王のために造られた家」と書き残している。

 だが、この17世紀に建てられた由緒ある建物をカタール首長家の王子が8000万鍄で購入。エレベーターの設置と地下駐車場の建設を含む大幅な改修工事を行う方針を打ち出した。これに対して歴史的建造物の保存を主張する人々が反対運動を開始したが、改修案はまだ撤回されていない。

 この問題でフランスとカタールの「特権的な」関係に大きな影響が出ることはおそらくない。カタールの首長家には、不動産税を払うことになっても困らない財力があることも忘れるべきではない。アラブ世界では、国家同士の外交でも個人と個人のつながりが大きな意味をもつ。彼らはささやかな好意もちょっとした無礼も、すべて覚えている。

 対中東外交は一筋縄ではいかないが、フランスはアメリカとの対立ではなく協調を選択した。この点は中東の安定化に向けた有益な変化と言えそうだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

NZ中銀会長が辞任、3月の総裁辞任巡り批判に直面

ワールド

レミー・コアントロー、通期利益予想引き上げ 米関税

ワールド

仏インフレ率、8月速報は前年比0.8% 予想やや下

ワールド

デジタル金融活用へ、制度整備や決済効率化を後押し=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ」とは何か? 対策のカギは「航空機のトイレ」に
  • 3
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 4
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    「ガソリンスタンドに行列」...ウクライナの反撃が「…
  • 8
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 9
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 10
    自らの力で「筋肉の扉」を開くために――「なかやまき…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 4
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 5
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 6
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 7
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 8
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 9
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中