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中南米今なぜメキシコ「再発見」なのか
アメリカが隣国メキシコの窮状を重視しはじめたのは、アメリカ自身の理由——排外主義とノスタルジーのせいだ
不法移民 アメリカとメキシコとの国境沿いにあるリオグランデ川にかかる橋をわたって国境を越えた女性(08年5月)
Jessica Rinaldi-Reuters
イラク、アフガニスタン、パキスタン、メキシコ。
えっ、メキシコ? なぜメキシコなの? 理由はともかく、このところアメリカでは、メキシコが最高にあぶない場所の一つとされている。みんな忘れていたけれど、気がつけば麻薬がらみの暴力抗争が悪化して、今やイラクなみの惨状だという。
テレビのニュースや新聞や国防白書を見るかぎり、どうやらアメリカは隣国メキシコの麻薬戦争に巻き込まれているらしい。
08年だけで死者6000人という「戦争」の深刻さは、確かに否定できない。だが、われらが大統領バラク・オバマが3月24日の記者会見で語ったほどに大きな国際的脅威なのだろうか? 私には、そうは思えない。
どうか誤解しないでほしい。メキシコ出身者として、私はアメリカ人のメキシコに対する無関心に失望しており、どんな形であれメキシコへの関心が高まることは歓迎したい。だが、こんな関心を喜ぶわけにはいかない。
悲しいかな、いまアメリカで話題になっているのはメキシコではない。誰かがサメに襲われたとか誰かの娘が外国で誘拐されたとかのニュース同様、関心の対象は被害者たるアメリカ人なのだ。
わかりやすいメキシコの悪
そもそも、「9・11以後」のアメリカ人は新しい話題に飢えている。自殺志願のイスラム聖戦士や「なんとかスタン」という国の話はもうたくさんだ。終わりの見えないイラク占領もうんざり。対テロ戦争と言われても、テロは主義主張というより単なる手段にすぎないようだ。主義ならともかく、手段との戦いはむなしい。
ところがメキシコは、まさしく「9・11以前」の世界。だから奇妙に新鮮なのだ。メキシコの悪党は邪悪だが、別に宗教的・思想的な動機はなく、ひたすら金のために犯罪を犯す。いかにも昔なつかしい存在で、安心できる。
どんなに混乱していても、メキシコはアメリカの隣にある。パキスタンほど遠くない。運がよければスープの冷めない距離にある。9・11以前のブッシュは「高飛車でない」外交を提唱しつつ、一方でメキシコとの関係改善を語っていたものだ。どうやらアメリカが謙虚なときには、メキシコが大事にされるらしい。
メキシコ危機は「安上がり」
未曾有の経済危機に見舞われ、外国から手を引いて内政重視に転換したい超大国アメリカにとって、メキシコは手ごろな外交上の「危機」なのだろう。今さら地球の裏側にまで「アメリカによる平和」を広めようとは思わないが、雇用と資産の減少で不安になる一方の国民の目をそらすには、隣国の不幸というニュースは最適だ。
実にお手軽な危機である。麻薬密輸業者と戦うメキシコを支援するために、アメリカ政府はむこう3年間で14億ドルを拠出する意向だが、この程度の金額にも議会は抵抗している。アフガニスタンやイラクでの軍事行動には気前よく巨額の予算をつけるのに、メキシコに割り振られるのは少額で、しかもたいてい利権絡みだ。
最も心配なのは、メキシコに対するマスコミの関心の大半が外国人の排斥につながる保護主義的な感情に彩られていることだ。だまされてはいけない。今さらのように採り上げられている麻薬戦争の話も、実は06年に起きた移民規制強化をめぐるゆがんだ議論の延長にすぎないのだ。
移民反対派の思うツボに
当時のブッシュ政権は、移民法の包括的改革案に反対する人々がメキシコ政府を悪者にしやすくする口実を提供してしまった。移民の問題があたかも二国間問題であるかのように、メキシコのビセンテ・フォックス大統領(当時)と交渉し始めたからだ。
以来、移民問題に関する諸悪の根源はメキシコにありという考え方が広まった。アメリカに罪はない、悪いのはメキシコだ、文化や経済の面だけでなく、アメリカの安全保障にとってもメキシコは大きな問題だ。そんな風潮ができ上がってしまった。
06年12月に大統領となったフェリペ・カルデロンが強力な麻薬密輸業者への宣戦を布告してからの事態も、はっきり言って由々しきものだ。たしかにオバマ政権の閣僚の半数はこの春の訪問先にメキシコを選び、オバマ自身も4月半ばにメキシコへ足を運んだ。悪いことではない。
やっぱりあまりやる気なし
しかし私は、これは両国関係におけるペテンにすぎないのではないかという懸念をいだいている。アメリカ人は間違った理由でメキシコに注目しているだけで、すぐに別な国へ注意を向けかねない。今度こそアメリカ人が両国関係に注意を払うかもしれないという期待を(またも)打ち砕かれることになれば、メキシコにとっては大きな痛手だろう。
今のアメリカでメキシコについて最大の関心を持っているのは、国境の閉鎖を望んでいる保守派の人々だ。
その他の人は、メキシコの問題はひどいけれど、なんとか封じ込めることができると思っている。だから、よそで深刻な危機が生じれば、すぐにそちらへ気を取られてしまう。誰でもそうだろうが、他人の起こした問題を善意で助けてやるのは簡単だ。しかし、自分が起こした問題を自力で解決するのはむずかしい。
不法移民をなくせない穴だらけの国境に関する議論は盛んだが、北から南に流れるもの、つまり莫大な利益を生む武器と麻薬の密売のほうが、両国にとって大きな不安定要因となりうる。
こうした流れの管理に、アメリカ政府はどれほど熱心なのか。アイルランドやギリシャなど貧しい加盟国の成長に対処したEU(欧州連合)にならって、アメリカはメキシコの発展に持続的に関与する気がどの程度あるのか。移民法改革の行き詰まりの解決に、どこまで取り組む気があるのか。
それほどやる気はないのではないかと私は思う。近い将来に特使が派遣されるとか、中近東方面に向けられているほどの資源が投入されることは期待できない。
それでもメキシコは混乱をどうにか生き延びるだろう。そしてアメリカは、別な国に関心を移すだろう。少なくとも、何らかの理由で最も近い隣国への関与を迫られる事態に陥るまでは。
Reprinted with permission from www.ForeignPolicy.com, 04/2009. (c) 2009 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.