最新記事

米政治

共和党こそ高齢者殺しの張本人

医療保険改革を訴えるオバマを死神扱いする共和党。だが長年「寿命抑制」策をとってきたのは彼らのほうだ

2009年9月2日(水)17時10分
ジェイコブ・ワイズバーグ(スレート・グループ編集主幹)

共和党に注意 ネリー・ファルコン(77、左)とキャサリン・ロバーツ(82)。2月10日、マンハッタンの高齢者支援施設で Shannon Stapleton-Reuters

 アメリカの共和党は、バラク・オバマ大統領の医療保険改革法案にありとあらゆるレッテルを貼って潰そうとしている。

 チャールズ・グラスリー上院議員が「おばあちゃんの息の根を止める」法案だと言えば、ジョン・カイル上院副院内総務は「年齢別の医療配給制度」と批判。ジョン・ベーナー下院院内総務は法案が安楽死を促進するものだと言い、サラ・ペイリン前アラスカ州知事は、政府が費用対効果で治療の可否を決める「デス・パネル(死の審査会)」になると騒いでいる。

 これを聞いて人々が恐怖心をいだくのも無理はない。ある法律の狙いが、医療や年金でお金のかかる老人に「早期退出」を促して歳出削減を図ることではないかと考えたとしても、決してばかげたことではない。何よりそれは、共和党が長年、実際に行ってきた政策だ。

 共和党主導で採択された01年の減税法に「親殺し」条項を盛り込んだのは、ほかでもないグラスリーだ。相続にかかる遺産税を10年かけて撤廃するもので、10年には遺産税はゼロになる。だがその期限は10年末までで、11年になれば税率は再び以前と同じ水準の55%に跳ね上がる。

「親殺し」や「節税死」を促す税制

 グラスリーは意図していなかったかもしれないが、その結果は極めて明白だ。衰弱している金持ちの高齢者は「自殺装置」を発明したジャック・ケボーキアン元医師に電話してでも10年12月31日の真夜中までに死のうとする。その子供たちはといえば、親の蘇生処置をしない同意書に署名し、10年中に息絶えるよう人工呼吸器のスイッチを切るインセンティブを与えられたも同然だ。

 これは決して想像の世界の話ではない。ミシガン大学とブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ)の経済学者は『節税死』と題する01年の論文で、1917年以降行われた13回の遺産税改正の影響を調査。その結果高齢者の死亡数が、税率の引き上げ直前と引き下げ直後に通常より増えることが分かった。

 06年のオーストラリアの研究も同じ結果を示している。79年7月に相続税が撤廃されたオーストラリアでは、同年6月の最終週までに死んでいたはずの人数の半分以上が課税を逃れるため7月まで生き延びた。共和党も似たように、おばあちゃんたちが10年まで生き延びる代わり、10年中に確実に死ぬ動機を作り出した。

 共和党はさほど所得の高くない高齢者にも死を奨励してきた。例えばジョージ・W・ブッシュ前大統領が推進した年金制度民営化案(結局実現しなかった)。1930年代に公的年金が導入されて以来、アメリカ人の平均寿命は伸び、高齢者の自殺率も56%下がった。

 ブッシュの民営化案が実現していたら、株価暴落で損をした老人たちは薬代や食費や光熱費をまかなうのに今よりずっと苦労していたはずだ。平均寿命は縮まり、自殺者も増えていただろう。

 共和党はもっと遠回しな方法にも訴えてきた。ヒト胚性幹(ES)細胞は、パーキンソン病やアルツハイマー病など高齢者を苦しめる疾患の治療法開発に大きな役割を果たすと見られている。ところがブッシュは、ES細胞を使用した研究への財政支援を制限した(オバマは大統領就任早々この大統領令を撤回)。

 また02年に共和党が廃案にもちこんだ大気浄化法は、年間2万3000人の命を救えるはずだった。その多くは大気汚染によって悪化する心血管疾患や呼吸疾患を持つ高齢者だ。共和党は老人の命よりも汚染業者の権利や献金を重視していると思われても仕方がない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中