最新記事

前米大統領

ジョージ・W・ブッシュ流、第2の人生の探し方

歴史的な不支持率でホワイトハウスを去ったブッシュが、地元テキサスで支持者に囲まれながら新たな活動を模索している

2009年7月17日(金)15時00分
ビル・ミヌタリオ(テキサス大学教授)

メジャーリーグの開幕戦で始球式に向かうブッシュ前大統領(4月6日) Jessica Rinaldi-Reuters

 経済学の授業中、携帯電話に着信があった。テキサス州ダラス在住の大学生パトリック・ビブ(19)は画面に目を落とす。相手方の番号は非表示。大した用事じゃないな。ビブはそう判断し、電話に出なかった。授業後、残されたボイスメッセージをチェックすると、声の主はジョージ・W・ブッシュだった。

 その留守録で、つい最近までアメリカ合衆国大統領だった男は4度も「ありがとう」を言っていた。ビブが前大統領夫妻の「帰郷」歓迎のプラカードを作り、近隣の住民に1枚20ドルで売り歩いたと聞いて、大いに感動したということらしい。

 「この留守電で(感謝の思いが)十分に伝わるといいが」とも、ブッシュは言い添えていた。ビブは辛抱強く最後までメッセージを聞いてから電話を切り、次の授業に向かった。

 プラカードの販売を思い付いたのは、両親の住むプレストン・ホロウ地区にブッシュが引っ越してくると聞いたときだ。同地区はダラス北部に位置し、豪邸が立ち並ぶ超高級住宅街。ビブは売り上げの一部を自分の学費に充て、残りは近くの小学校に寄付した。

 次の授業中にも、また携帯が鳴った。今度は出なくちゃ、とビルは思った。「ごめん、大統領からの電話なんで」。ビブは友人にそう言って教室を出た。果たせるかな、電話の主はブッシュだった。

 ブッシュは、さっきと同じ感謝の言葉を繰り返すのみ。それでもビブは我慢した。でも、ついにしびれを切らした。「大統領、申し訳ないですが、今は授業中なので」。するとブッシュは
「分かった、授業に出るのが君の仕事だからな」と答えたとか。

 それから何週間かたった今も、ビブは前大統領との会話を思い出す。「僕はただ、彼に知らせてあげたかった。世論調査の結果がどうあれ、今もあなたを大事に思う人はたくさんいますよって」

 例えば、近所に住むモリー・ビルビグ。00年の大統領選挙のとき、彼女の孫ジェイク(当時6歳)はブッシュ陣営に1ドルの寄付をしようとした。ブッシュはそのことを覚えていたに違いない、だからこそ14歳になったジェイクを、引っ越してきたばかりの新居に招いてくれたのだ――と、彼女は信じている。

 歩いてやって来たジェイクを、ブッシュは裏庭に招き入れ、「質問があったら何でもお聞き」と言った。その日、ジェイクは前大統領と1時間半を過ごした。

 程なくして、ジェイクはブッシュ家の警護スタッフと親しく言葉を交わすようになった。ある晩、祖母のモリーが夕食の時間ですよとジェイクを呼ぶと、少年は少し怒った顔で家に入ってきた。「もう少しでローラ・ブッシュの警護スタッフの暗号名を聞き出せるところだったのに」

 今も昔も、ブッシュは気さくな男だ。だが大統領ゆえにずっと行動を制約されていた後だからこそ、今は近隣住民と気軽に言葉を交わせる時間が楽しいのだろう。

 そのブッシュが選ぶ「話し相手」を分析すると、もっと興味深いことが分かる。大統領時代のブッシュは、安全だが孤立した世界にいた。そのうえ不支持率73%で退任したのだから、普通なら人間不信に陥ってもおかしくない。

 退任後のブッシュは、本格的なインタビューを1つも受けていない。故郷での新しい生活に少しずつなじみ、古くからの友人や忠実な支持者(と10代の少年たち)との静かな交流を楽しんでいる。

講演活動で大儲け?

 「安心できる地元に戻って暮らすこと。それがブッシュの願いだった」と語るのは、歴代の大統領を研究しているテキサス大学のブルース・ブキャナン教授。「ブッシュは異論や反論を楽しんで聞けるタイプではない。今は、自分がリラックスできる世界をつくる必要性を感じている。だから自分を批判する人間は招かず、14歳の少年や支持者だけを招く」

 「自分の業績をめぐる議論に、ブッシュがどこまで本気で関わる気なのかは、まだ分からない」とブキャナンは付け加えた。「無視するかもしれないし、(大統領退任後に『賢人』として独自の道を歩みだした)ジミー・カーターのような道を選ぶかもしれない。あるいは講演で稼ぐだけかもしれない。いずれの可能性もあり得る」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏の核施設破壊発言、「レッドライン越え」=

ビジネス

NY外為市場=ドルまちまち、対円では24年12月以

ビジネス

米国株式市場=S&P500ほぼ横ばい、月間では23

ワールド

日本と関税巡り「率直かつ建設的」に協議=米財務省
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プーチンに、米共和党幹部やMAGA派にも対ロ強硬論が台頭
  • 3
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言ってがっかりした」
  • 4
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 5
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 6
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
  • 7
    「これは拷問」「クマ用の回転寿司」...ローラーコー…
  • 8
    ワニにかまれた直後、警官に射殺された男性...現場と…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」時代の厳しすぎる現実
  • 3
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多い国はどこ?
  • 4
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 5
    アメリカよりもヨーロッパ...「氷の島」グリーンラン…
  • 6
    デンゼル・ワシントンを激怒させたカメラマンの「非…
  • 7
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 8
    友達と疎遠になったあなたへ...見直したい「大人の友…
  • 9
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 6
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中