最新記事

ベトナム戦争

追悼マクナマラ、計算高い泣き虫男

ベトナム戦争を泥沼化させた「戦争犯罪人」で傲慢な「人間計算機」……元国防長官はしかし、そんな評価には収まりきらない複雑な人間だった

2009年7月7日(火)16時57分
エバン・トーマス(ワシントン支局)

良心との葛藤 回顧録でベトナム戦争は「間違い」だったと告白したマクナマラ Reuters

 7年ほど前、ベトナム戦争当時の米国防長官ロバート・マクナマラの伝記を書こうと考えたことがある。ベトナムで犯した過ちを自ら検証しようとしてきた彼の意気に興味をそそられたからだ。

 頭脳明晰で本来は立派な人間である彼が、戦争犯罪人のように非難されることになった悲劇にも心引かれた。良心との葛藤を続けてきた彼が、自らの行為をどう釈明するのか知りたいと思った。

 私はマクナマラに電話をかけた。彼とは面識があったし、マクナマラも私が書いたロバート・ケネディの伝記について話しかけてきたことがあったのだ。

 ワシントンのオフィスで、マクナマラは私を歓待してくれた。米政権に集まった精鋭が愚かな戦争にのめり込んでいく経緯を描いたデービッド・ハルバースタムの著書『ベスト&ブライテスト』に収められた写真のマクナマラとは、少し変わっていた。後ろになでつけた濃い髪や、眼鏡のレンズを貫く燃えるような目はもう見られなかった。だが、自信だけは一片たりとも失われていないようだった。

数学の天才としてケネディ政権入り

 私はほとんど質問をせず、マクナマラが一人で喋り続けた。彼はまず、自分は不当かつ重箱の隅をつつくような批判を受けたと言った。方程式さえ正しければ正解が得られると信じ込み、計算に頼りすぎて失敗したという非難だ。

 それはまさに、第二次大戦で兵站を担った後、マクナマラと共に自動車メーカーのフォードに移った数学に強い「ウィズ・キッズ(天才児たち)」に対する評価そのものだ。

 61年にジョン・F・ケネディ大統領から国防長官の指名を受けると、当時フォード社長だったマクナマラは彼らを引き連れて政権入りした。マクナマラと仲間たちが、未知への挑戦を掲げるケネディ政権のニューフロンティア政策で、どんな問題にも答えを見つけられるホープと期待されたのはそんなイメージのせいもある。

 だが当時のマクナマラからは、冷徹で禁欲主義的な雰囲気はとうに失われていた。ワシントンで彼は、すぐに泣く男として知られていた。68年に国防長官を辞任したときも、感極まってスピーチを続けられなくなった。

 私はマクナマラには2つの面があることを知っていた。ワシントン・ポストのオーナー(つまり私の雇用主)でマクナマラの親しい友人であるキャサリン・グラハムとの昼食で何度か、彼が強力な論理で場を支配するのを見た。一方、『マクナマラ回顧録――ベトナムの悲劇と教訓』の出版記念パーティーでは、胸が一杯で喋れなくなった。

 だが私が彼と会って伝記を書く可能性について話し合ったとき、彼は自分が事実や数字の裏まで見通し、感情や直観を基に決断を下せる男として描かれることに固執した。

頭の中に「人命のバランスシート」

 わかった、と私は言った。だが次に奇妙なことが起こった。彼は50年代にフォードの経営幹部だった頃、シートベルトの装備を強力に進言した自分の役割について長広舌をふるい始めたのだ。安全性に対する彼のこだわりが、数万の人名を救ったと彼は言った。

 彼は今も頭の中で計算をしているのだということが、私にも少しずつわかってきた。人生のバランスシートだ。

 そう、ベトナム戦争で米軍増派を繰り返し戦争の泥沼化を招いた彼の初期の決断は、数万の犠牲者を生んだかもしれない。だがそれ以前フォードにいた頃の彼の行動は、長期的により多くの人命を救った、というわけだ。

 私はさらに2回マクナマラと会ったが、最終的に本を書くのはやめにした。一つには、その頃ちょうどエロール・モリス監督のドキュメンタリー映画『フォッグ・オブ・ウォー――マクナマラ元米国防長官の告白』が公開され、そのなかでマクナマラの複雑な人間性がよく描かれていたからだ。私が本を書いてもあれ以上のものはできなかっただろう。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、第3四半期は黒字回復 訴訟引当金戻し入れ

ビジネス

JDI、中国安徽省の工場立ち上げで最終契約に至らず

ビジネス

ボルボ・カーズの第3四半期、利益予想上回る 通年見

ビジネス

午後3時のドルは152円前半、「トランプトレード」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:米大統領選 イスラエルリスク
特集:米大統領選 イスラエルリスク
2024年10月29日号(10/22発売)

イスラエル支持でカマラ・ハリスが失う「イスラム教徒票」が大統領選の勝負を分ける

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」ものはどれ?
  • 3
    リアリストが日本被団協のノーベル平和賞受賞に思うこと
  • 4
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 5
    トルコの古代遺跡に「ペルセウス座流星群」が降り注ぐ
  • 6
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 7
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 8
    中国経済が失速しても世界経済の底は抜けない
  • 9
    ウクライナ兵捕虜を処刑し始めたロシア軍。怖がらせ…
  • 10
    「ハリスがバイデンにクーデター」「ライオンのトレ…
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の北朝鮮兵による「ブリヤート特別大隊」を待つ激戦地
  • 3
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア兵の正面に「竜の歯」 夜間に何者かが設置か(クルスク州)
  • 4
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
  • 5
    目撃された真っ白な「謎のキツネ」? 専門家も驚くそ…
  • 6
    ウクライナ兵捕虜を処刑し始めたロシア軍。怖がらせ…
  • 7
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 8
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 9
    裁判沙汰になった300年前の沈没船、残骸発見→最新調…
  • 10
    北朝鮮を訪問したプーチン、金正恩の隣で「ものすご…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 3
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 4
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 5
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 6
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 7
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ…
  • 8
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
  • 9
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 10
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中