最新記事
AI

脳の信号を自然な会話に...失われた言葉がAI技術でよみがえる日

AI Helps Paralyzed Woman Speak

2023年9月20日(水)14時30分
アリストス・ジョージャウ

パンチョの症例は、麻痺で発話機能を失った患者の脳内活動をダイレクトに有意な言葉に変換することに成功した最初の例とされる。

その後、チャンらはアンを被験者としてさらに研究を進めた。そして患者の脳信号を解読して言語化するだけでなく、それをリアルな音声にし、アバターで顔の動きを表現することに取り組んだ。

まず、脳の発話に関与する領域を覆うように250個以上の電極を埋め込んだ。アンが話そうとするときに発する信号は電極に伝わり、頭蓋骨から突き出たポートにつながるケーブルを介してコンピューターに入力される。

アンは言葉を思い浮かべたときに自分の脳が発する信号のパターンを、何週間もかけてAIシステムに学習させた。そうしてついに、1000以上の単語セットから成るフレーズを音素レベルで認識できるようにAIアルゴリズムを訓練した。

230919P52_SAI_02sai.jpg

アンの頭部の神経データポートを音声補綴システムに接続 NOAH BERGER

230919P52_SAI_03.jpg

アンの大脳皮質からの神経信号がモニターに表示される NOAH BERGER

今回のシステムでは、現在のところ、1分間に80語弱のペースで脳信号を解読し、テキスト化できる。これは、アンが現在使っているテキストベースのコミュニケーション・システム(1分間に14語程度しか生成できない)に比べて格段に速い。

「正確さ、スピード、語彙が極めて重要だ」と言うのは、今回の論文に共著者として名を連ねるUCSFのショーン・メッツガーだ。「そうすれば患者は、やがて私たちとほぼ同じ速度でコミュニケーションを取り、より自然に会話できるようになる」

アバターが話す声はアン自身の声をベースにしている。研究チームは05年に結婚式でスピーチしたアンの映像を分析し、言語学習AIを使ってアンの声を再現した。さらにアバターは、アンの脳内信号を解析するAIの助けを借りて、アンの顔の筋肉の動きをシミュレートする。

「この技術は、脳卒中によって切断されたアンの脳と声道のつながりを補っている」と、カリフォルニア大学バークレー校の大学院生で、やはり論文の共著者であるケイロ・リトルジョンは言う。

また、論文の共同筆頭著者でUCSF脳神経外科の非常勤教授であるデービッド・モーゼスは「アンのような人々に、この技術を使って自分のコンピューターや電話を自由にコントロールする能力を提供することができれば、彼らの自立と社会的交流は飛躍的に改善されるだろう」と語る。

アンにとっても、この斬新な技術の開発に関わったことは人生を変える経験だった。

「以前のリハビリ病院にいたときは、言語療法士もすっかりお手上げだった」とアンは言う。「でも、この研究に参加したおかげで、私にも何か目的ができたような気がする。世の中の役に立っている、私にも仕事があるんだって感じ。今は、本当の意味で生きることができている」

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英BP、カストロール株式65%を投資会社に売却へ 

ワールド

アングル:トランプ大統領がグリーンランドを欲しがる

ワールド

モスクワで爆弾爆発、警官2人死亡 2日前のロ軍幹部

ビジネス

日経平均は4日ぶり小反落 クリスマス休暇で商い薄く
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中