最新記事

老人の記憶力は若者と差がない! 「加齢とともに忘れやすくなる」と言われる理由とは

2022年9月4日(日)11時50分
和田秀樹(精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授) *PRESIDENT Onlineからの転載
若い女性と彼女の記憶の断片のイメージ

metamorworks - iStockphoto


「年をとると忘れやすくなる」というのは本当なのか。老年医学の専門家である和田秀樹さんは「若者と年配者の記憶力に大差はない。しかし『高齢者は忘れやすい』という先入観を植えつけられると、年配者は記憶する意欲を失いやすい」という――。

※本稿は、和田秀樹『70歳の正解』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

記憶力が衰えるのは「覚えようとする意欲」が低下するから

「80代になると、認知症の有病率が60代の12倍になる」ということが知られていますが、脳の健康寿命を延ばすには、60代から70代にかけて、とにかく「脳」を使い続けることが必要です。

高齢者の場合、筋肉を使わないでいると、たちまち「廃用現象」が起きて衰えてしまうのですが、それは脳に関しても同じこと。頭を使わないで暮らしていると、脳はいよいよ衰えてしまうのです。

たとえば、老化の象徴のようにいわれる「記憶力」に関していうと、たしかに「年をとると、記憶力が落ちる」というのは、一般的に"常識"といえるでしょう。しかし、ここではっきりいっておきますが、脳機能上は、75歳くらいまでは、記憶力はさほど衰えません。急激に衰えるのは、「覚えようとする意欲」です。

若者と年配者の記憶力にはあまり差がない

米タフツ大学のアヤナ・トーマス博士らのグループは、次のような実験を行いました。18〜22歳の若者、60〜74歳の年配者を各64人ずつ集め、多数の単語を覚えてもらったあとに、別の単語リストを見せて、それらの単語がもとのリストにあったかどうかを尋ねたのです。

その際、まえもって「これは、ただの心理学実験です」と説明していたときには、若者と年配者の正解率は、ほとんど変わりませんでした。ところが、テストまえに「この記憶試験では、高齢者のほうが成績が悪い」と告げておくと、年配者グループの正解率のみが大幅に低下したのです。

要するに、この実験では、フラットな状態では、若者と年配者の記憶力に大差はないが、「高齢者のほうが成績が悪い」という先入観を植えつけられると、年配者は記憶する意欲を失い、一気に"記憶力"を減退させたというわけです。

努力をすれば誰でも記憶力は維持できる

若い頃のことを思い出してください。たとえば、英単語を覚えるとき、単語帳や単語カードをせっせとつくって、通学電車の中などで、それらを繰くって何度も復習し、頭に叩き込んだことを。そもそも、それくらいの努力をしなければ、人は、物事を覚えることはできないのです。あなたは老後、いや中年以降、そんな努力をしたことがあったでしょうか。

むろん、そのような努力をしている人は、ごくごく少数派です。努力をしなければ、「最近、物覚えが悪くなった」「覚えても、すぐに忘れてしまう」のも、当たり前のことなのです。また、努力を怠ると、前述したように、人間の体や脳では、「廃用現象」が起きはじめます。使わない筋肉が衰えていくのと同じように、使わない記憶力は衰えていくのです。

俳優の伊東四朗さんは、70歳を過ぎて「百人一首」の暗記にチャレンジしたそうです。さすがの名優も、70歳を超えると、思うようにセリフを覚えられなくなってきた。そこで、記憶力を鍛え直すため、「百人一首」の暗記を始めたと聞きます。

脳科学の立場からいえば、これは「廃用現象」を防ぐ賢明な方法です。私にも経験がありますが、「百人一首」ほど、覚えにくいものはありません。"古語度"が高く、意味が取りにくい。記憶の入力、定着ともに難しい素材です。だからこそ、伊東さんは、その暗記にチャレンジしたのでしょう。記憶力を維持し、脳を鍛え直すには、格好の素材と判断したのだと思います。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

コマツ、発行済み株式の3.5%・1000億円を上限

ビジネス

野村HD、1―3月期純利益は568億円 前年同期比

ビジネス

LSEGのCEO報酬、年最大1300万ポンド強に 

ワールド

コロンビア大を告発、デモ参加者逮捕巡り親パレスチナ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中