「切られても、もう一度咲く」――近藤印刷が挑む、伐採された桜の再生プロジェクト「さくらのしおり」
桜のチップを茶葉用の袋に入れ、白い紙とともに水へ。乾燥させると、幹や枝からでも淡い桜色がにじみ出る
<企業印刷の現場から地域循環型のモノづくりへ。サステナビリティブランド「&ondo」には、地域への愛着と持続可能なものづくりの精神が息づいている>
日本企業のたとえ小さな取り組みであっても、メディアが広く伝えていけば、共感を生み、新たなアイデアにつながり、社会課題の解決に近づいていく──。そのような発信の場をつくることをミッションに、ニューズウィーク日本版が立ち上げた「SDGsアワード」は今年、3年目を迎えました。
私たちは今年も、日本企業によるSDGsの取り組みを積極的に情報発信していきます。
地域の記憶を未来へ――桜を活かしたノベルティ開発
名古屋市で創業70年を迎えた株式会社近藤印刷は、印刷物の制作を中心に地域と歩んできた企業だ。近年は、印刷工程で培った加工・表現技術を活かし、地元企業とともに廃材を再利用した日用品やコラボグッズを開発するブランド「&ondo」を立ち上げた。その取り組みのひとつが、浅沼・岐建・宮本特定建設工事共同企業体と協働して制作した「さくらのしおり」である。
このプロジェクトのきっかけは、2024年7月。社員の一人が、近所の露橋公園の桜の木に赤いリボンが巻かれているのを見つけた。後日、代表取締役社長の近藤起久子氏が住民説明会の案内を受け取り、そこで伐採の予定を知る。工事の都合によるものだったが、長年花見を楽しんできた地域住民からは「なぜ切るのか」と感情的な声も上がったという。
「せめてこの桜を形として残せないか」。住民のひとりでもある近藤氏は、印刷会社としてできることを考えた。「伐採された桜を使ってノベルティを作りませんか」と提案し、地元と企業が連携する小さな再生プロジェクトが始まった。
当初は桜の木そのものでしおりを作る案も出たが、コストや数量の問題から、桜チップを染料として活用する方法を模索。試行錯誤の末、枝や幹からも淡いピンク色が抽出できることを確認し、染め紙のしおりづくりが始まった。5時間かけてチップを煮出し、紙を何度も裏返しながら均一に染め上げる。桜色の紙は反りやすく、乾燥や印刷にも細心の注意を要した。
仕上げには、箔押しを「空押し」と「シルバー箔」の2種類に分け、それぞれに異なるトーンのリボンを合わせることで、自然な濃淡を生かした。

完成したしおりは、地域と企業が連携して約3000枚を制作し、住民に届けられた。裏面にはQRコードを印字し、制作の経緯を紹介するページにリンク。単なる記念品ではなく、「どのように作られ、なぜ作られたのか」を伝える設計となっている。
近藤氏は語る。「SDGsやサステナビリティは『いい話』で終わらせてはいけない。きちんと利益を生みながら社会や環境に良いことをするのがベースだと思っています」
「失っても、また歩き出せる」――桜が託した想い
この取り組みには、地域住民の想いも重なった。配布後、乳がん経験者の女性から近藤氏に声がかかったという。彼女はピンク色のしおりを手にし、「この色がピンクリボン運動と重なって見えた」と語った。「胸を切除するのは本当に死ぬような思い。でも再建したり、そのままで生きる人もいる。切られても、もう一度立ち上がる――桜と同じだと思った」と。
このエピソードは、廃材の再利用という枠を超え、社会的・精神的な再生の象徴として、プロジェクトに新たな意味を与えた。
彼女は自身が開発した乳がん手術後でも着られる水着のお披露目会で、このしおりを使いたいと申し出たという。
2024年10月には桜の伐採が実施され、翌年5月にかけて制作が進行。地域回覧板を通じてしおりが配布された。廃材を「思い出のかけら」に変えるプロジェクトは、地域に静かな感動を広げた。

近藤印刷が掲げる次の目標は、全国への展開だ。近藤氏はこう話す。
「ソメイヨシノは寿命が60年ほどで、戦後に植えられた木々が全国で一斉に寿命を迎えています。伐採をきっかけに同じような取り組みが広がれば、日本中でさくらのしおりを作ることも夢ではないと思っています」
近藤印刷の挑戦は、地域密着の印刷会社が社会課題に向き合い、共感を軸に循環を生み出す新しいSDGsモデルとして注目されている。
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