最新記事

ライフスタイル

自ら望んだ「在宅ひとり死」をやり遂げた男の最期 看取り士が支える幸福な死とは

2021年9月18日(土)13時24分
荒川 龍(ルポライター) *東洋経済オンラインからの転載
「テレビ見たい」と書かれたスケッチブック

田中さんが最後に書いた直筆のお願い(写真:筆者撮影)

人はいつか老いて病んで死ぬ。その当たり前のことを私たちは家庭の日常から切り離し、親の老いによる病気や死を、病院に長い間任せきりにしてきた。結果、いつの間にか死は「冷たくて怖いもの」になり、親が死ぬと受け止め方がわからず、喪失感に長く苦しむ人もいる。
 
看取り士とは、余命告知を受けた本人の家族から依頼を受け、本人や家族の不安や恐怖をやわらげ、思い出を共有し、最後は抱きしめて看取ることをうながす仕事。家族がいない人を支えることもある。
 
田中雄一(仮名・65)に、家族や親族との付き合いはなく、終末期をワンルームの自宅アパートで、ひとりで過ごした。一見かわいそうにも見えるが、彼を見守った在宅医はなぜか、「最期まで自由に暮らして、よい看取りだった」と語ったという。
 
田中と看取り士との交流を軸に、在宅医の真意を探る。

人生最後に彼が書いた言葉は「テレビ見たい」

看取り士である西河美智子(58)に、顔なじみの女性ケアマネジャー(53)から依頼があったのは今年1月。通常の派遣依頼は高齢者の家族からの場合が多い。だが、自宅で過ごすことを希望する単身者の場合、介護プランの作成を担当するケアマネジャーから依頼されることがある。

「急変されました」

ケアマネジャーからの緊急連絡が、西河に入ったのが4月末。田中が亡くなる前日の昼下がりだ。午前中に訪問した男性の介護ヘルパーが、床で倒れている田中を見つけた。田中は膀胱(ぼうこう)がんのステージ4で、悪性腫瘍の切除もできない状態だった。

西河が田中宅に着くと、目に生気がなく、声かけへの反応はにぶく、呼吸も浅かった。西河らの後に到着した担当医は診察後に、「看取り期に入りました。あとはお願いします」と、西河らに告げた。

元看護士でもある西河らの懸命の支えで、田中はいったん持ち直した。西河が彼に「今晩はおそばにいましょうか?」と尋ねると、彼は首を小さく左右に振る。続けて「これから先のことはどうしましょうか? 私たちにお任せでいいですか?」と確認すると、今度は黙ってうなずいた。

その後、西河が耳を近づけても田中の言葉が聞き取れない。彼女がすかさずスケッチブックと黒ペンを渡すと、彼は「テレビ 見たい」と書いた。すぐにテレビをつけると彼は黙ってうなずき、しばらくするとすやすやと眠ったという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

ロイターネクスト:米第1四半期GDPは上方修正の可

ワールド

プーチン氏、5月に訪中 習氏と会談か 5期目大統領

ワールド

仏大統領、欧州防衛の強化求める 「滅亡のリスク」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中