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なぜドラえもんの原っぱには「土管」がある? 東京の「トイレ」の歴史に隠された深いワケ

2021年2月27日(土)19時10分
神舘 和典( ジャーナリスト) / 西川 清史(文藝春秋前副社長・編集者) *東洋経済オンラインからの転載

汲み取った屎尿は肥溜めに

汲み取った屎尿は畑にある肥溜め(「野壺」ともいった)に入れる。人体から排泄されて間もない新鮮な屎尿は濃度が濃すぎて、そのまま畑に撒くと作物をだめにしてしまう。そこで、一度肥溜めに貯蔵し発酵させる必要があった。自然の微生物によって熟成させてから畑に撒くのだ。肥溜めはいわゆる〝熟成庫〟だった。

子どものころ、家の前の原っぱに肥溜めがあった。もともとは畑で、そこにあったものが残っていたのだ。小学校1年生のとき、肥溜めに落ちた。魚釣りの真似をしていたら、ふちの地盤が崩れたのだ。

死ぬかと思った。手を伸ばして土をつかむと崩れる。草をつかんでも、根から抜けてしまう。じたばたともがき、自力でなんとか這い上がったものの、体中熟成ウンチだらけ。どろどろのまま家へ歩いて帰った。

自宅に着くと、両親も祖父母も驚き、全裸にされ、風呂で徹底的に清められた。洗ったはずなのに、その日は夜まで、鼻の中にウンチの臭いが残っていた気がしたものだ。以後、肥溜めには怖くて近づかなかった。

このように、1960~1970年代の東京にはまだ汲み取りトイレのエリアがたくさんあった。下水道の新設が人口増加に追い付かなかったのだ。

藤子・F・不二雄さんの漫画『ドラえもん』で描かれている昭和時代の原っぱには、たいていコンクリート製の土管(厳密には粘土で焼かれたものを「土管」といい、コンクリート製のものは「ヒューム管」)が置かれている。キャラクターの、のび太やジャイアンをはじめ子どもたちは土管に上ったりくぐったりして遊んでいる。女の子は土管を家に見立てて、中でおままごとをしている。

あれは東京中で下水道工事が行われていた時代だからこそのシーンだ。実際に、当時はあちこちで土管を見た。地中に埋められる前の土管が原っぱに置かれていた。

下水道がないのに水洗の理由

newsweekboos20210129.png練馬区は下水道設備が遅れていたが、いわゆる「団地」と呼ばれていた公団住宅や経済的にゆとりのある家には水洗トイレがあった。

下水道がないのに、なぜ水洗だったのかというと、下水道や浄化施設の代替えとして「コミュニティプラント(小規模下水処理装置)」、通称「コミプラ」が設置されていたのだ。

コミプラは国が市町村に義務付ける一般廃棄物処理計画のなかの1つで、公団住宅のような複数の家庭が共同で使う"合併処理浄化槽"のこと。各家庭の生活排水や屎尿を処理する。では、砂町汚水処分場で処理しきれなかった屎尿はどうしていたのだろう――。当時は、海洋投棄、つまり海に捨てるしかなかったのだ。

※当記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら
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