日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...「文学界の異変」が起きた本当の理由
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かくして「柔らかい時計」は、イギリスを代表するSF雑誌「インターゾーン」89年1/2月号に掲載され、日本SFがシュールレアリスムと共振して生み出した思考実験は高い評価を得た。
ナノテクノロジーの進化した「ブヨブヨ工学」が、超現実画家ダリの名画のごとく全てを可食化してしまった未来の火星で、拒食症の美少女VIVIの花婿候補たちが争う──というこの物語は、以後、ジェフ&アン・ヴァンダミア夫妻編『世界SF傑作選』(2016年)をはじめとする数々のアンソロジーに再録。
折しも同じ89年には、グラニア・デイビスとジュディス・メリルを編集顧問に据え、ジョン・アポストルーとマーティン・グリーンバーグが編纂し、星新一の「ボッコちゃん」や小松左京の「凶暴な口」、筒井の前掲「佇むひと」など13編をそろえた『日本SF傑作選』がニューヨークのデンブナー社から刊行されている。
それは70年に来日して以来、親日家となったカナダのSF作家・評論家・アンソロジストの前掲メリルが、日本SF界の主導的翻訳家たち、矢野徹はじめ浅倉久志や伊藤典夫らと勉強会を重ね、英訳草稿を磨き上げていった苦闘の歴史の結実であった。