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映画『アイム・スティル・ヒア』が描く軍事独裁政権下のリアルな生活――抵抗と順応の狭間で揺れる「普通」の日常

An Urgent Warning

2025年8月8日(金)18時36分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)

現代だからこその意味

一方で、全てが平穏とはいかないことも描かれる。序盤で友人と車で出かけた長女は警察の検問に遭い、手荒な扱いを受ける。テレビからは、外国の外交官が反体制過激派によって誘拐されたというニュースが流れる。

本作を含め、今年のアカデミー賞の作品賞にノミネートされた10本の映画の中には、今日的な意味があるとされた作品がいくつもあった。だが本作ほど本質的かつ差し迫った「今日性」を感じさせる作品はなかった。


トーレスの演技くらいにパワフルな演技が柱となっている作品もほかにはなかった。長い年月、政府の抑圧と夫の生死不明の状態に耐えていくのに必要な芯の強さだけでなく、その下には優しさや嵐に負けない生命力がある。

ルーベンスが連行される前のある日、一家はアイスクリーム店に出かける。甘い物を楽しむ人々で混み合う店内は活気にあふれている。その後、家族はルーベンス抜きで同じ店に行き、あの日と同じ感覚を取り戻そうとする。だが悲しみ故、家族の間には重苦しい空気が漂う。

エウニセが周囲を見回すと、店は前回来た時とまるで変わりがない。同じような人々が同じようにたわいもない会話を交わしている。

社会が、政治がどうなろうと人生は続く。そして人間は順応していく。そうすべきでない時でさえ。

©2025 The Slate Group


I’M STILL HERE
アイム・スティル・ヒア
監督/ウォルター・サレス
出演/フェルナンダ・トーレス、セルトン・メロ
日本公開は8月8日

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現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

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