最新記事
映画

ゾンビのように歩き、激しくセックス...『哀れなるものたち』女優の恐ろしく優れた大胆な演技に感服

Kinky Delight

2024年1月28日(日)16時05分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

『哀れなるものたち』

科学者のゴドウィン(右)は助手と共にベラを養育するが ©2023 20TH CENTURY STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

ストーンの迫力の演技

新しい経験を求めてやまない精神、先々の計画を立てる能力の欠如、お菓子からオーラルセックスまであらゆる欲望をすぐに満たさないと気がすまない性質のせいで、ベラはリスボンの高級ホテルからエジプト行きのクルーズ船、フランスの売春宿まで、思いもしなかった場所に赴く。

その一方で、何度かセックスの相手を替え、苦しみや貧困の存在を知り、海で出会った年老いた女性が勧めてくれた本を読むことを通し、自分なりの哲学を打ち立てていく。

若者らしいロマンチックな精神に忠実に生きるベラにとって、個人の自由は絶対的なものだ。彼女のご機嫌を取り、罠にかけ、結婚し、「文明化」しようとする男たちにとっては、彼女は卑しむべき「堕落した女」だ。

だが数は少ないが彼女を理解する人々(および観客)にとっては、ベラが社会的束縛の存在を認めようとしないのは爽快で、革命的ですらある。

美術を手がけたのはショーナ・ヒースらで、ベラが訪ねるヨーロッパの街は人工的な夢の世界のように描かれる。書き割りを背景にしたセットは甘い色合いで、ベラの豪華な遊び場のようでもある。

ホリー・ワディントンが手がけた華やかな衣装も、セットとうまく調和している。大きく膨らんだ袖と露出度の高いシルクのホットパンツの組み合わせに、明るい緑に鮮やかな青、ピンクに蛍光オレンジという刺激的な色彩は、ヒロインの言動と同様に歴史設定を軽々と逸脱している。

ただ、非常に様式化されたカメラワークへの監督のこだわり(特に、明確な理由も示されずにほぼ全ての場面で登場する魚眼レンズ映像)には納得がいかない。集中力がそがれてしまう。魚眼レンズを通してゆがんだ図を見ているのは誰なのか、と考えずにはいられないからだ。

このハイコンセプトな作品がうまくいったのは、ストーンの技術的に恐ろしく優れている一方で、ハラハラするほど大胆な演技のおかげだ。ゾンビのような、赤ちゃんのような動きでよろよろと歩き、真っさらな大きな目で見たもの全てを取り込み、激しいセックスをするベラは、忘れ難いキャラクターだ。

ギリシャ神話に王が自作の乙女の彫像に恋をして、神に命を吹き込んでもらう話があるが、さしずめ命を得たことで台座から飛び降り、全速力で駆け出していくのがベラ。サテンの下着をまとったフランケンシュタインの怪物だ。

同時に本作は、業界の頂点にいる俳優が文字どおりゼロからキャラクターを造形していくさまを、そして、赤ん坊から意志の強い大人の女性へと成長するさまを特殊効果なしで堪能できる映画でもある。

©2024 The Slate Group

Poor Things
哀れなるものたち
監督/ヨルゴス・ランティモス
出演/エマ・ストーン、マーク・ラファロ
日本公開中

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米上院財政委、水力・原子力・地熱発電の税額控除を延

ワールド

飢饉リスク、世界13カ所で深刻化 ガザなど介入必要

ワールド

空爆激化でイラン国民が首都から避難、生活必需品の買

ワールド

トランプ氏、イランとの核合意なお目指している=国防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 7
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 8
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 9
    コメ高騰の犯人はJAや買い占めではなく...日本に根…
  • 10
    「そっと触れただけなのに...」客席乗務員から「辱め…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中