最新記事

映画

「不快だけど目が離せない」──サイレント映画業界を描く『バビロン』がちょっと残念な理由

An Elephant of a Movie

2023年2月8日(水)19時59分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

230207p56_BRN_02.jpg

サイレント映画の衰退でジャック(左)が落ち目になる一方、マニーは出世を続ける ©2023 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

型破りな格好をする女性なのは伝わるが、彼女が自分をどう捉え、周りからどう見られているか、人物像の理解を助ける細やかな描写がおろそかになっている。

セクシーで情熱的な「赤い服の女」であるネリーは、自ら装いを決める女性というより、悲劇的な性的魅力を体現する存在でしかない。

奇妙なラストの解釈は

むらのある語り口や急ピッチの展開のツケは、物語が猛スピードで進行するうちに膨らんでいく。チャゼルは各場面のリズムに敏感な映画監督だが、ストーリー全体の構成には奇妙なほど無関心になることがある。その結果、退屈を感じることはないが、だんだん疲労感が募ってくる。

本作の幕切れは1952年のハリウッドだ。マニーは映画館で『雨に唄えば』を見ている。サイレント期からトーキーへの移り変わりを、はるかに健全な形で描いたミュージカル映画の傑作だ。

スクリーンを見つめるマニーの目の前に、ハリウッドの過去・現在・未来にまたがる(おそらくチャゼル自身の)ビジョンが現れる。

映画を発明したリュミエール兄弟の作品、ワーナー・ブラザースのアニメ映画、『オズの魔法使』『ターミネーター2』──短いカットが連続するモンタージュの終わり近くには、筆者の見違いでなければ、『バビロン』も登場する。

視点を大きく転換させる最後の展開は、自己満足的だと非難されてもおかしくない。だが個人的には、不完全だが心がこもり、技巧を尽くしたチャゼルの過去作の全てと同様、虚勢に満ちた終幕のモンタージュに称賛を送りたい。

それでも、物語性のない奇妙なエンディングに逸脱するまでの物語が、輪をかけて風変わりだったらよかったのに、と思わずにいられない。ありがちな業界内幕ものに収まらず、登場人物の小さな成長や変化が織り成す壮大なだけでない叙事詩だったら、と。

©2023 The Slate Group

BABYON
バビロン
監督╱デイミアン・チャゼル
主演/ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー
日本公開は2月10日

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:留学生に広がる不安、ビザ取り消しに直面す

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、堅調な雇用統計受け下げ幅縮

ワールド

トランプ氏誕生日に軍事パレード、6月14日 陸軍2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単に作れる...カギを握る「2時間」の使い方
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 7
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    なぜ運動で寿命が延びるのか?...ホルミシスと「タン…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 10
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中