国に殺された夫の戦いを「意義あるもの」に...ロシア元スパイ毒殺事件を、いま語る重要性
Litvinenko Is Never Silenced
「事件についてわれわれが語れば語るほど、彼はあの世からもっと叫び続けることができる。マリーナはとても協力的で、熱心に応援してくれた。彼女と会った私たち出演者全員にとって、彼女こそが作品作りの動機になったと思う」
とはいえマリーナ本人の協力を得たことで、ある種の責任を感じたのは確かだ。
「最近起きた事件であり、サーシャ自身は亡くなったが、被害者は生きていて、事件がもたらしたものと今も向き合っている。当然、その点に気を配り、正しく描かなければという責任を感じる」
そうした気持ちが最も強かったのは、病室での場面を撮影していたときだ。実際の出来事を考慮しなければ「あまりに敬意に欠ける」ことになると、テナントは感じた。
「マリーナを演じるマルガリータ(・レビエバ)に目をやった瞬間のことを覚えている。ベッドの足元にいる彼女を見て、極めて私的で、とても悲劇的な感覚に襲われた」
「できる限り正確に捉える義務がある」
リトビネンコになり切るには、別の課題もあった。ロシア語を習得し、ロシア語なまりの英語で話せるようになることだ。
「資料は数多くあった。サーシャの話し声を聞くことも、もちろん可能だ。英語で話しているものは多くないが、ロシア語ならたくさんある。彼の姿を見つめて、つながりを感じようとした。残念ながら、生前の彼と会うことはできなかったが、マリーナは時間も資料も惜しまずに提供してくれた」
テナントによれば、「(そうした準備をするのは)できる限り正確に捉える義務があるからで、模倣が目的ではない。いずれにしても、06年に世界を駆け巡った(病床でのリトビネンコの)衝撃的な画像を除けば、大半の人はサーシャがどんなふうだったか知らないだろう」。
最も難しかったことを聞くと、テナントはこう答えた。「たぶん(演じる人物が自分の一部になったと感じる)段階に到達することだ。そこから、いわば飛行機から思い切って飛び降りて『その瞬間』を生きなければならない」
欧州人権裁判所は21年9月、リトビネンコの死の責任はロシアにあるとの判決を下した。「ルゴボイとコフトゥンがロシア当局の指示、または管理の下で動いていたのは自明」で、毒物が投与されたのは06年11月1日にルゴボイとコフトゥンと一緒にお茶を飲んだときだったことに「合理的な疑いの余地はない」とした。
欧州人権裁判所はロシア政府に対し、賠償金・諸経費として計12万2500ユーロをマリーナに支払うよう命じた。もっとも、ロシアは現在も支払っていない。