最新記事

カルチャー

国に殺された夫の戦いを「意義あるもの」に...ロシア元スパイ毒殺事件を、いま語る重要性

Litvinenko Is Never Silenced

2023年1月19日(木)07時00分
ロクシー・サイモンズ(本誌テレビ/映画担当)
ドラマ『リトビネンコ暗殺』

本作はレビエバ演じる妻マリーナの人生にも焦点を当てている ITVX/SUNDANCE NOW

<「国家による毒殺」という衝撃の事件を描いたドラマ『リトビネンコ暗殺』。主演俳優が語るその意味と、「正しく」伝えることの責任>

興味をそそられるだけでなく、引き受けるべき重大な挑戦でもあった。アレクサンドル(愛称サーシャ)・リトビネンコが「決して口封じされない」ために――。

ドラマ『リトビネンコ暗殺』(スターチャンネルEXで独占配信中)でリトビネンコを演じたことについて、イギリス人俳優デービッド・テナントは本誌にそう語る。

旧ソ連の情報機関KGB、およびロシア連邦保安局(FSB)の元職員で、イギリスに亡命したリトビネンコに突然、異変が起きたのは2006年11月1日。毒を盛られたのだと、彼は察知した。それだけではない。差し迫る自分の死は、ロシア政府の承認によるものだということも。

自らの死後に捜査が行われるよう、リトビネンコはロンドン警視庁に連絡を取った。

投与された毒物は放射性物質ポロニウム210と判明した。英内務省の公開調査委員会は16年1月、元KGB職員アンドレイ・ルゴボイとロシア人実業家ドミトリ・コフトゥンがFSBの指揮の下、毒殺を実行したと判断。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が殺害の承認に関わった可能性が高いと発表した。

一方、ロシア側は事件への関与を一切否定している。容疑者のルゴボイとコフトゥンも無実だと主張した。

一連の経緯を映像化したのが、全4話の『リトビネンコ暗殺』だ。主演のテナントによれば、こうした作品は事件を記憶にとどめる力になる。

リトビネンコの死は当時、世界中に衝撃を与えた。テナント自身、「この事件の報道があふれ返るなか」「恐ろしくて、どこか信じ難い真実」を見たような気がしたことを覚えている。

特に今という時代にこの物語を語ることに興味を持った、とテナントは語る。「リトビネンコの並外れた勇気と、事件を繰り返し語り、何が起きたかを明らかにしようとする(リトビネンコの妻)マリーナの勇気にも興味が湧いた」

並外れた男の並外れたレガシーを伝える女の物語

カギになったのはマリーナとの対面だった。夫の精神を生かし続けるという彼女の使命の重要さは理解していた。

「役作りのためにマリーナと会った。その後は、もはや政治がテーマではなく、家族と人間をめぐる物語、並外れた男性の並外れたレガシーを伝えてきた女性の物語になった。それは彼女が選んだつもりの人生ではなかったが」と、テナントは話す。

「おそらく究極的には、事件について語り、証言し、記憶し、アレクサンドルの行動を意義あるものにすることが、彼女にとって一種の責務になっている。夫が決して、沈黙させられないようにすることが。本来は、そうなるはずだった。彼は口を封じられるはずだった」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

スペイン首相が続投表明、妻の汚職調査「根拠ない」

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中